母親は心配と苦しみのしどおしでしたが、彼女の不安がつのるにつれて、「ダルダネーロフ」はいっそう希望を増していきました。
断わっておかねばなりませんが、「コーリャ」は「ダルダネーロフ」のそうした心の動きを理解し、読みとって、当然のことながら、彼のそんな《思い》を軽蔑していました。
以前は、「ダルダネーロフ」の狙いが何かわかっているのだと遠まわしに仄めかして、自分の軽蔑を母に対してぶちまけるデリカシーのなさを示したものでした。
ところが、鉄道事件以来、この点でも彼は態度をあらためました。
もはやどんな遠まわしの仄めかしさえ、しようとせず、母の前で「ダルダネーロフ」の話をするときにはずっと丁寧な口をきくようになりました。
敏感な「クラソートキナ」夫人はすぐにそれを理解し、限りない感謝を心にいだきましたが、その代り、関係のない客が「ダルダネーロフ」に関して、ほんのちょっと、ごく何気ない言葉を口にしただけで、その場に「コーリャ」がいたりすると、恥ずかしさのあまり、ふいに顔をバラのように赤くするのでした。
「クラソートキナ」夫人はこの求愛に対してまんざらではないのですね。
そんなとき「コーリャ」は、眉をひそめて窓の外を眺めていたり、長靴に穴があいていないかとしらべてみたり、あるいは、ひと月ほど前ひょっこりとどこかから連れてきて、家にひっぱりこみ、なぜか友達のだれにも見せずに家の中でこっそり飼っている、かなり大きな、疥癬だらけのむく犬「ペレズヴォン」を、荒々しくよんだりするのでした。
少年はひどく暴君ぶりを発揮して、この犬にありとあらゆる芸を教えこんだため、ついに哀れな犬は、「コーリャ」が学校に行って留守の間は鳴きつづけているが、帰ってくると、嬉しさのあまり、きゃんきゃん鳴いて、気違いのように走りまわり、サービスにつとめたり、地面にころがって死んだふりをしてみるなど、一口に言うなら、もはや命じられもしないのに、もっぱら感激と感謝の熱烈な気持から、教えこまれた芸を残らず披露してみせるのでした。
あまり賢い犬とは言えないと思いますが、むやみに喜ぶ情景が目に浮かぶようですね。
ついでに、言及するのを忘れていましたが、読者もご存じの退役二等大尉「スネギリョフ」の息子である「イリューシャ」少年が、学校友達に《へちま》とからかわれた父親をかばって、ペンナイフで腿を突き刺した少年こそ、この「コーリャ・クラソートキン」でした。
(442)で「さっき教室でクラソートキンをペンナイフで突いて、血を出したんだよ。クラソートキンは先生に言いつけようとしなかったけど、あんなやつ、のしちゃわなきゃ・・・」と、「コーリャ」は「クラソートキン」という名前で呼ばれて登場していました。