「ほら、わたしはこうして坐って、話をしているではないか。この分だと、昨日ヴイシェゴーリエからリザヴェータという女の子を抱いてきた、あの親切なやさしい女が望んでくれたように、あと二十年も生きのびるかもしれんよ。主よ、あの母親にも娘のリザヴェータにもお恵みを! (長老は十字を切った)。ポルフィーリイ、あの女の贈り物をわたしの言ったところへ届けてくれましたか?」
これは、昨日、快活な崇拝者が《わたしより貧しい女性に》やってくれと寄付した六十カペイカのことを言っているのでした。
(117)のことろで、「ゾシマ長老」は「ここから六キロあるヴイシェゴーリエからやってきた」「乳呑児を抱いた健康そうな農婦」に声をかけました。
彼女は、長老が病気だと聞いて、自分で行ってみてこようと思ってきたが、「こうしてさっきから見ていると元気そうで、まだ二十年も長生きしますよ、『本当に。お達者でいてくださいよ!』あなたさまのことを祈ってる人間はたくさんいますから」と長老に伝えたのでした。
そして彼女は「自分はここに六十カペイカもっているから、あなたさまなら、だれに渡すべきか知ってらっしゃるだろうから、わたしより貧しいおなごにあなたさまからあげてください」と言ったのに対して、長老は「ありがとう、お前さんはいい人だね、必ず約束をはたす」と言ったのでした。
この種の寄付は、なんらかの理由で自発的にわが身に課す宗教的懲罰として行われるのであり、必ず自分の勤労によって得た金に限るとされていました。
長老は昨日のうちに「ポルフィーリイ」を、つい最近焼けだされて、火事のあと子供をかかえて乞食をはじめるようになった、この町の後家のところへ向けてやったのです。
「ポルフィーリイ」は、すでに用事をはたしたことや、命じられたとおり《無名の慈善家から》として金を与えてきたことなどを、急いで報告しました。
「さ、立ちなさい」
長老は重ねて「アリョーシャ」に言いました。
「お前をよく眺めさせておくれ。わが家に帰って、兄に会ってきたかの?」
「アリョーシャ」には、長老が二人の兄のうち片方のことだけを、これほどはっきり正確にたずねたのが、ふしぎに思われました。
しかし、どっちの兄のことだろう? つまり、長老が昨日も今日も自分を送りだしたのは、その兄のためにだったのかもしれないのです。
「片方の兄には会いました」
「アリョーシャ」は答えました。
「わたしが言っとるのは、昨日わたしが跪拝して進ぜた、上の兄のことだよ」
「あの兄には昨日会っただけで、今日はどうしても見つけられませんでした」
「アリョーシャ」は言いました。
「急いで見つけるのだ。明日また出かけて、急いで見つけるとよい。何をおいても、急ぐことだよ。たぶん、今ならまだ何か恐ろしいことを未然に防げるだろう。わたしは昨日、あの人の将来の大きな苦悩に対して跪拝をしたのだよ」
長老はふいに口をつぐみ、考えこむかのようでした。
奇妙な言葉でした。
昨日の長老の跪拝を目撃した「イォシフ神父」は、「パイーシイ神父」と目を見交わしました。
ふたりの神父には、長老が重要なことに気づいているらしいことがわかったのでしょう。
「アリョーシャ」はこらえきれなくなりました。