2017年8月31日木曜日

518

またまた「イワン」の発言の続きです。
「・・・・俺はロシアの子供の話をたくさん、実にたくさん集めているんだよ、アリョーシャ。わずか五歳の小さな女の子を父親と母親が、《教養豊かで礼儀正しく、官位も高い尊敬すべき人士》が、ひどく憎んだという話もある。いいかい、もう一度はっきり断言しておくが、人間の多くの者は一種特別な素質をそなえているものなんだ-それは幼児虐待の嗜好だよ。しかも相手は幼児に限るんだ。ほかのあらゆる人間にたいしては、同じこの迫害者がいかにも教養豊かで人道的なヨーロッパ人らしい態度を示すのだが、子供を痛めつけるのが大好きで、その意味では子供そのものを愛しているとさえ言えるわけだ。この場合、まさに子供たちのかよわさが迫害者の心をそそりたてるのさ。逃げ場もなく、頼るべき人もいない子供たちの天使のような信じやす心、これが迫害者のいまわしい血を燃えあがらせるんだ。もちろん、どんな人間の中にも、けだものがひそんでいる。怒りやすいけだもの、痛めつけられるいけにえの悲鳴に性的快感を催すけだもの、鎖から放たれた抑制のきかぬけだもの、放蕩の末に痛風だの、肝臓病などという病気をしょいこんだけだもの、などがね。このかわいそうな五つの女の子を、教養豊かな両親はありとあらゆる手で痛めつけたんだ。理由なぞ自分でもわからぬまま、殴る、鞭打つ、足蹴にするといった始末で、女の子の全身を痣だらけにしたもんさ。そのうちついに、この上なく念のいった方法に行きついた。真冬の寒い日に、女の子を一晩じゅう便所に閉じこめたんだよ。それも女の子が夜中にうんち(三字の上に傍点)を知らせなかったというだけの理由でね(まるで、天使のようなすこやかな眠りに沈んでいる五つの子供が、うんちを教える習慣をすっかり身につけているとでも言わんばかりにさ)、その罰に顔じゅうに洩らしたうんこ(三字の上に傍点)をなすりつけたり、うんこを食べさせたりするんだ、それも母親がだぜ、実の母親がそんなことをさせるんだよ! しかもこの母親は、便所に閉じこめられたかわいそうな子供の呻き声が夜中にきこえてくるというのに、ぬくぬくと寝ていられるんだからな! お前にはこれがわかるかい。一方じゃ、自分がどんな目に会わされているのか、まだ意味さえ理解できぬ小さな子供が、真っ暗な寒い便所の中で、悲しみに張り裂けそうな胸をちっぽけな拳でたたき、血をしぼるような涙を恨みもなしにおとなしく流しながら、《神さま》に守ってくださいと泣いて頼んでいるというのにさ。お前にはこんなばかな話がわかるかい。お前は俺の親しい友だし、弟だ。お前は神に仕える柔和な見習い修道僧だけれど、いったい何のためにこんなばかな話が必要なのか、何のためにこんなことが創りだされるのか、お前にはわかるかい! これがなければ人間はこの地上に生きてゆくことができない、なぜなら善悪を認識できなくなるだろうから、なんて言う連中もいるがね。いったい何のために、これほどの値を払ってまで、そんな下らない善悪を知らにゃならないんだ。だいたい、認識の世界を全部ひっくるめたって、《神さま》に流したこの子供の涙ほどの値打ちなんぞありゃしないんだからな。俺は大人の苦しみに関しては言わんよ。大人は知恵の実を食べてしまったんだから、大人なんぞ知っちゃいない。みんな悪魔にでもさらわれりゃいいさ、しかし、この子供たちはどうなんだ! 俺はお前を苦しめているかな、アリョーシャ、なんだか気分がわるいみたいだな。なんなら、やめようか」

ここで、「イワン」は重要なことを言っています。

これは「イワン」ではなく、作者が言っているという方がいいと思いますが、人間の多くの者は幼児虐待の嗜好を持っているということです。

「人間の多くの者」ということをどう解釈するかが問題であり、小は、たんにそういう人が「多い」ということから、大は「ほとんどの人間」まで幅があります。

しかしすぐあとで「どんな人間の中にも、けだものがひそんでいる」ということを言っていますので、直接的ではありませんが、文脈から言って、ドストエフスキーほとんどの人間は幼児虐待の嗜好を持っているということを言いたかったのだ推測されます。

かりにそうだとすればこれは由々しき問題です。

ネットで幼児虐待を調べても、そこに書かれているのは歴史と例証と統計で、原因については曖昧です。

実際に昔から世界各国でかなりの数の幼児虐待があり、現在まで続いています。

かりに、ドストエフスキーの言うようにほとんどの人間は幼児虐待の嗜好を持っているのなら、そのことに焦点を当てた人間の存在の理解を一般化するしか解決策はないと思います。


そして「イワン」は「神さま」を持ち出してきますが、今度は「アリョーシャ」の方が気分が悪くなってきたようです。


2017年8月30日水曜日

517

「イワン」の発言の続きです。
「・・・・しかし、鞭では人間だって殴れるんだからな。現に教養あるインテリの紳士と奥さんが、七つになる自分の娘を細枝で鞭打っているんだ(訳注 少し前に世間を騒がせた実業家クロネベルグの事件。『作家の日記』にもくわしく記されている)。この件について俺は詳細なメモを持っているけどね。父親は枝が節瘤だらけなのを喜んで、『このほうが応えるだろう』なんてほざいてから、実の娘を《しごき》にかかる。俺はちゃんと知っているけれど、鞭で打っているうちに、一打ちするごとに性的快感を、文字どおり性的快感をおぼえるくらい興奮してきて、そのあとは一打ちごとにますます快感をつのらせていく手合いがいるものなんだ。そういう手合いは一分殴り、やがて五分殴り、十分殴りして、長く打てば打つほど、ますますひどく、ひんぱんに、効目があるように殴るものだよ。子供は泣き叫び、ついには泣き叫ぶこともできなくなって、『パパ、パパ、パパったら!』とあえぐだけになってしまうんだ。この事件は、あまりにもひどい、恥知らずな出来事がきっかけになって裁判にまでなったんだよ。弁護士が雇われる。ロシアの民衆は昔からもう弁護士のことを『三百代言は金で雇われた良心』なんて、叫んできたものさ。弁護士は依頼人を守るためにわめきたてる。『この事件はきわめて単純な、ごくありふれた家庭内の問題であり、父親が娘にお仕置きをしただけの話であります。それが裁判沙汰になるとはまさに現代の恥辱にほかなりません!』と、やってのけたもんだ。丸めこまれた陪審員たちは別室に退いて、やがて無罪の判決をもたらす。傍聴人は迫害者が無罪になった嬉しさにどよめく。ええ、俺はその場にいなかったのだが、俺なら加害者の名前をたたえるために奨励金を設けろという提案でもぶつけたいところさ!・・・・まったく美わしい光景じゃないか! ところが、子供の話ならもっとすごいのもあるんだ。

「イワン」の話をここで切ります。

「クロネベルグの事件」に作者はこの事件に興味を持ち以下のように書いているそうです。

「問われるべきは、いまは何も理解のいき届かない子供であるこの娘のその心に、後になって、生涯にわたって、その後、彼女が一生豊かになり、<幸せに>なったとしても、何が残るであろうかということである。ご承知のように、家族の神聖を守るべきはずの裁判が家庭を破壊しないであろうか?」
これにくわえてドストエフスキーが憂慮するのは、七歳の<子供の秘密の素行不良>が公衆の前に明らかにされて、「何かの痕跡が生涯通じて残りはしないか。それも心に残るだけではなく、もしや彼女の運命にも影響しはしないかということである」
「家族に対する父親たちの怠惰のもとで、子供たちはもう極端な偶然にまかされるのだ!貧困、父親の心配ごとは幼年時代から、子供たちの心に、暗い情景、時として有毒きわまりない思い出として浮かび上がる」
「人間は肯定的なもの、美しいものの胚子を持たないで、子供時代を出て人生へと出発してはいけない。肯定的なもの、美しいものの胚子を持たせないで、子の世代を旅立たせてはいけない」

訳注にもあるようにこれらは1876~77年の『作家の日記』に書かれているそうですので、いつか読んでみたいと思います。


発言の中に『三百代言は金で雇われた良心』というのがありましたが、「さんびゃくだいげん」と読み、「 代言人の資格がなくて他人の訴訟や談判などを扱った者。もぐりの代言人。また、弁護士をののしっていう語。」とのこと。


2017年8月29日火曜日

516

「イワン」続きです。

「・・・・その連中は刑務所にいる彼に読み書きを教えこみ、聖書を講釈して、悔悟の念を起させにかかり、説き伏せたり、頭ごなしに押しつけたり、しつこく口説いたり、脅したりしたもんで、ついには彼自身も自分の罪を厳粛に自覚するようになったんだよ。彼は洗礼を受け、みずから裁判所にあてて、自分は悪党だったけれど、そんな自分もやっと神さまが目を開いてくださり、恵みを授けてくださったと、手紙を書いたんだ。ジュネーブじゅうのすべてが、慈善の心篤い敬虔なジュネーブ全市がすっかり湧き返る騒ぎさ。育ちのよい上流の人たちがこぞって刑務所に殺到し、リシャールを接吻し、抱擁して、『お前はわたしたちの兄弟だ。お前は神の恵みを授かったのだ!』と絶叫する。当のリシャールはただ感動に泣きくれるばかりさ。『はい、わたしは神の恵みを授かったのです! 以前のわたしは、少年時代、青年時代を通じて、豚の餌に大喜びしていたものですが、今やそんなわたしにも神の恵みが授かったのですから、主に抱かれて死ぬつもりです!』『そう、そうだとも、リシャール、主に抱かれて死ぬがよい。お前は人の血を流したのだから、主に抱かれて死ぬべきなのだ。お前が豚の餌を羨み、豚の餌を盗んだために折檻されたころ(お前のやったことはとても悪いことだよ、なぜなら盗みは許されないのだからね)、お前が主をまったく知らなかったのは、お前の罪でないにせよ、とにかくお前は人の血を流したのだから死ななければいけない』こうしていよいよ最後の日が訪れた。すっかり衰弱しきったリシャールは、泣きながら、のべつ『今日はわたしの最後の日です。わたしは主の御許に参ります』とくかえすことしか知らぬ有様だ。『そうだとも』牧師や、裁判官や、慈善家の婦人たちが叫びたてる。『今日はお前のいちばん幸福な日だ。お前は主の御許に行くのだからね!』この連中がみな、リシャールを運ぶ囚人馬車のあとについて、馬車や徒歩で断頭台めざして進んで行くんだ。そして断頭台に着いた。『死ぬがよい、兄弟よ』みなはリシャールに叫びたてる。『主に抱かれて死ぬがよい。お前にも神の恵みが授かったのだから』こうして、兄弟たちの接吻にうずめつくされたリシャールは断頭台に引きあげられ、ギロチンの上に寝かされ、彼にも神の恵みが授かったという理由で兄弟として、それでも首をはね落とされたというわけだ。いや、これは実に特徴的な話だよ。このパンフレットはロシアの上流社会の、ルーテル派の慈善家たちによってロシア語に訳されて、庶民の啓蒙のために新聞やそのほかの刊行物に添えて無料で配られたものさ。リシャールの一件は、国民的だという点で実に傑作だよ。わが国じゃ、一人の人間がわれわれの兄弟になり、神の恵みを授かったというだけの理由で、首をはねるなんてことは、およそばかばかしいかぎりだけど、しかし、くどいようだが、ロシアにはやはり独自の、これにも劣らぬほどのものがあるんだよ。ロシアじゃ、こっぴどくぶん殴るのが、歴史的、直接的な、いちばん手近な快楽なんだ。ネクラーソフに、百姓が馬の目を、《おとなしい目を》鞭で打ち据えるという詩があるだろ(訳注 『たそがれまで』という詩)。これはだれでも一度は見たことのある光景で、これがロシア的というやつさ。ネクラーソフは重すぎる荷を曳かされた痩せ馬が、荷車ごと泥濘にはまりこんで、ぬけだせずにいる様子を描いているんだ。百姓が鞭で打ち据える。怒り狂って打ち据え、ついには自分が何をしているかもわからずに殴りつづけ、殴る快感に酔って力まかせに数限りなく殴りつづける。『たとえむりな荷でも、曳くんだ。死んでもいいから引っ張れ!』痩せ馬はもがく。百姓はついてに馬の無防備な、泣いているような、《おとなしい目》をねらって殴りはじめる。馬は夢中ですっとび、泥濘からぬけだすと、息もできずに全身をふるわせながら、何か横っ飛びに跳躍するような、不自然なみっともない格好で走りだす-ネクラーソフのこの詩は恐ろしいほどだよ。しかし、これはたかが馬でしかないし、馬なんてものは鞭で打つために神さまが授けてくださったんだ。かつてタタール人はわれわれにこう教えて、記念に鞭をくれたもんさ。

長いのでここで「イワン」の発言をまた切ります。

「ルーテル派」は前にも何度か出てきましたが、「マルティン・ルターによりドイツに始まる、キリスト教の教派または教団。 ルター派(ルターは)とも呼ばれる。 プロテスタントの一つであり、全世界に推定8260万人の信徒が存在する」です。

「イワン」は「子供の苦悩」を話すと言っていましたが、トルコ人たちの話や「リシャール」の話は、暴力と快感の話のようです。

まず「リシャール」の話ですが、彼に罪は有るか無いかということで言えば、一般的には無いでしょう。

ジュネーブの人たちも「リシャール」の無知は彼の罪ではないことを認めてはいますが、殺人そのものの罪は認めなければならないと言っており、彼が改心したことで兄弟とは認めてはいるもののそれを免罪符にするかのように、死刑を望んでいるのです。

この考えは、おかしいですね。

これは、ジュネーブにおける集団による暴力であり、その根拠は快楽だと言うのでしょう。

ロシアではそんなおかしな話はないと「イワン」は言い、しかし、馬にたいする百姓の暴力を例にロシアでは別の暴力、つまり「殴る」という行為が歴史的、直接的な、いちばん手近な快楽としてあると言っています。

「ネクラーソフ」は「ドミートリイ」も引用していましたね。

ここでは、『たそがれまで』という詩のことが、ネットにその一部が掲載されていましたので紹介します。

 「黄昏まで」   ネクラーソフ   1859年作 

   人間の無慈悲な手のもと、 
   息はたえだえ、無惨にやせこけて、 
   かたわの馬があえぎ、あえぐ、 
   力には及ばぬ荷をひきずって。 
   ほら、馬はよたよた歩き出したが、止まってしまった。 
   「どう!」───と馬追いが薪を掴み、 
   (鞭では足りぬと思えたのだ)─── 
   馬を殴りに、また殴る! 
   馬は四足を奇妙につっぱり、 
   体中から湯気を立て、尻餅をつきながら、 
   ただ深くため息をついて 
   うらめしげに見やるのみ……(それは不当な仕打ちに屈する時の人の目だ)。 
   馬追いはまたもや殴る、背を腹を、 
   そして前回りしては、肩骨を、 
   泣き腫らしたやさしい目を殴る! 
   何をしても無駄。やせ馬は動かない…… 

ここまででは、トルコ人たちによる残虐行為とジュネーブの集団的無意識による間接的暴力とロシアの直接的暴力が描かれています。


すべてが、自分たちの悪に気づいておらず、快楽が根拠になっているということです。


2017年8月28日月曜日

515

「みごとに挙げ足をとったじゃないか。なに、かまわんさ、おもしろいよ。人間が自分の姿かたちに似せて創ったんだとすると、お前の神さまは立派なもんだ。お前は今、何のために俺がこんな話をするのか、きいたけどね。実は俺はある種の事実に関心をもって、集めているんだよ。実を言うと、新聞だの人の話だのから手あたりしだいに、ある種のネタ(二字の上に傍点)を書きぬいて、集めているんんだ。もう立派なコレクションができてきるくらいさ。トルコ人の話はもちろんコレクションに入っているけど、これはみんな外国人の話だからな。国産のネタ(二字の上に傍点)もあるし、トルコ人の話よりすぐれているのさえあるよ。ところで、わが国じゃもっぱら殴打だな。それもたいてい、細い枝か皮鞭だよ。これが国民的なのさ。わが国では釘で耳を打ちつけるなんてこと考えられない。われわれはこれでもやはりヨーロッパ人だからな。しかし、細枝があり皮鞭があるし、これはすでにわれわれ独自のものになっていて、取りあげるわけにゃいかないんだよ。外国ではこの頃は人を殴ることなんぞ全然ないとかって話だな。風習が浄化されたのか、それとも人間が人間を殴るような真似は許さんという法律でもできたのかわからんが、その代りほかの、わが国と同様やはり国民的な、わが国ではとうてありえないくらい国民的なもので埋め合せをつけたからな。もっともわが国でも、特に上流社会における宗教運動のころからこれが広まってはいるようだがね。俺はフランス語から翻訳された、さるすてきなパンフレットを持っているんだ。そのパンフレットは、ごく最近、せいぜい五年前くらいにリシャールという凶悪な殺人犯で、のちに前非を悔いて断頭台にのぼる直前にキリスト教に帰依した、二十三歳だったかの青年をジュネーブで死刑にしたときの話なんだよ。そのリシャールという男はだれかの私生児で、まだ六つくらいのごく幼いころ、両親がスイスの山奥の羊飼いか何かにくれてやり(五字の上に傍点)、羊飼いたちは仕事に使うために育てたんだ。少年は羊飼いたちのところで小さな野獣のように育っていったのだけれど、羊飼いたちは何一つ教えこまなかったばかりか、むしろ反対に七年もの間、雨の日にも寒い日にも、ほとんど着る物も与えず、食事もろくにさせずに、羊の放牧に出していた。しかも、そんな仕打ちをしながら、もちろん羊飼いたちのだれ一人として、考えこみもしなければ反省もせず、あべこべに、それが当然の権利と思っていたんだよ。なにしろリシャールは品物同然にもらったんだから、食わせてやる必要さえ認めなかったというわけだ。当のリシャールの証言だと、その当時の彼は聖書の中の放蕩息子(訳注 ルカによる福音書第十五章)よろしく、売りに出すためにせっせと太らされている豚に与える混合飼料でもいいから食べたくてならなかったのに、それさえ与えられず、豚から盗んだりすると、ひどく殴られたそうだ。彼は少年時代と青年時代の全部をこんなふうにすごし、やがて成長して体力も強くなると、自分から泥棒に出るようになった。この野蛮人はジュネーブでその日その日の仕事で金をせしめては、稼いだ金をすっかり飲んでしまうという悪党暮しをしていたのだが、最後にはある老人を殺して、身ぐるみ剥いでしまった。彼は捕えられ、裁判にかけられて、死刑を言い渡された。向うではセンチメンタルなお情けはかけないからな。ところが、刑務所に入ると彼はとたんに、いろいろな牧師だの、キリスト教団体の会員だの、慈善家の婦人などに取りかこまれたってわけさ。

「イワン」の会話の途中ですがここで区切ります。

彼は、自分興味深い事件を収集しているのですね。

トルコ人たちの残虐な殺人につづいて、凶悪な殺人犯「リシャール」について語られています。

ときどき聞くことがありますが、実際にこんなひどい羊飼いなどいたのでしょうか。

「ルカによる福音書第十五章」は以下のとおりです。

「さて、取税人や罪人(つみびと)たちが皆、イエスの話を聞こうとして近寄ってきた。
するとパリサイ人(びと)や律法学者たちがつぶやいて、「この人は罪人(つみびと)たちを迎えて一緒に食事をしている」と言った。
そこでイエスは彼らに、この譬(たとえ)をお話しになった、
「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。
そして見つけたら、喜んで自分の肩に乗せ、
家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。
よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。
また、ある女が銀貨十枚を持っていて、もしその一枚をなくしたとすれば、彼女はあかりをつけて家中を掃き、それを見つけるまでは注意深く捜さないであろうか。
そして、見つけたなら、女友だちや近所の女たちを呼び集めて、『わたしと一緒に喜んでください。なくした銀貨が見つかりましたから』と言うであろう。
よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、神の御使(みつかい)たちの前でよろこびがあるであろう」。
また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。
ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。
それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩(ほうとう)に身を持ちくずして財産を使い果した。
何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。
そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。
彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。
そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。
立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。
もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。
そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻(せっぷん)した。
むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。
しかし父は僕(しもべ)たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。
また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。
このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。
ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、
ひとりの僕(しもべ)を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。
僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。
兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、
兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。
それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。
すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。

しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。」


2017年8月27日日曜日

514

「ついでに、最近モスクワでさるブルガリヤ人からきいた話をしておくがね」

「イワン」は弟の言葉など耳に入らぬかのように、つづけました。

「アリョーシャ」は話している「イワン」の様子が変で錯乱しているようだと言ったのですが、無視したのです。

いくら夢中になっているといえ、話している相手のことが見えなくなっています。

このこと自体すでに異常だというほかないですね。

「ブルガリヤでは、トルコ人やチェルケス人たちがスラブ人の一斉蜂起を恐れて、いたるところで残虐行為を働いているということだ(訳注 ブルガリヤは十四世紀からトルコに征服されていたが、十九世紀に入って祖国解放の機運が高まり、一八七五年に大規模な反乱が起った。これにともないトルコ側の残虐行為も増大した)。つまり、焼き殺したり、斬り殺したり、女子供に暴行したり、捕虜の耳を塀に釘で打ち付けて、朝までそのまま放っておき、朝になってから縛り首にしたりするなど、とうてい想像もできぬくらいだよ。実際、ときによると《野獣のような》人間の残虐なんて表現をすることがあるけど、野獣にとってこれはひどく不公平で、侮辱的な言葉だな。野獣は決して人間みたいに残酷にはなれないし、人間ほど巧妙に、芸術的に残酷なことはできないからね。虎なんざ、せいぜい噛みついて、引き裂くくらいが精いっぱいだ。人間の耳を一晩中釘で打ちつけておくなんてことは、虎には、かりにそれができるとしても、考えつきやしないさ。ところが、そのトルコ人どもは性的快感を味わいながら子供たちまで痛めつけ、妊婦の腹から短剣で赤ん坊をえぐりだすことからはじまって、母親の目の前で赤ん坊を宙に放りあげ、それを銃剣で受けとめるなんて真似までやってのけるんだ。母親の目の前でというのが、いちばんの快感になっているんだよ。ところが、ひどく俺の関心をひいた一つの光景があるのさ。まあ想像してごらん、ふるえおののく母親の手に乳呑児が抱かれ、入ってきたトルコ人たちがそのまわりを取りかこんでいる。やつらは楽しい遊びを思いついたもんだから、赤ん坊をあやし、なんとか笑わせようとして、しきりに笑ってみせる。やっと成功して、赤ん坊が笑い声をたてる。と、そのとたん、一人のトルコ人が赤ん坊の顔から二十センチ足らずの距離でピストルを構えるんだ。赤ん坊は嬉しそうに笑い声をあげ、ピストルをつかもうと小さな手をさしのべる。と、突然、その芸術家がまともに赤ん坊の顔をねらって引金をひき、小さな頭を粉みじんにぶち割ってしまうんだ・・・・芸術的じゃないか、そうだろう? ついでだけど、トルコ人は甘い物が大好きだそうだ」

「兄さん、何のつもりでそんな話をなさるんです?」

「アリョーシャ」はたずねました。

「もし悪魔が存在しないとすれば、つまり、人間が創りだしたのだとしたら、人間は自分の姿かたちに似せて悪魔を創ったんだと思うよ」

「それなら、神だって同じことですよ」

「いや、『ハムレット』の中のポローニアスの台詞じゃないが、お前は言葉を裏の意味にとるのが、おどろくほど上手だな」

「イワン」は笑いだしました。

歴史を全然知らないので、訳注で書かれていた一八七五年のヨーロッパ史を少し調べてみました。

「1875年にオスマン帝国支配下のバルカン半島で、まずボスニア・ヘルツェゴヴィナのスラヴ系民族のキリスト教徒農民がムスリム地主による搾取に反発して農民反乱を起こした。同様の反乱がブルガリアでも起こると、同じスラヴ系のセルビア公国やモンテネグロ公国からキリスト教徒農民支援の声が起こった。クリミア戦争の敗北で南下政策をいったんは断念していたロシアは、パン=スラヴ主義を標榜して南下政策をとってバルカンに進出する好機が再び到来したと考え、1877年4月、アレクサンドル2世はスラヴ系民族キリスト教徒(ギリシア正教)の保護を口実にトルコに宣戦布告した。」
「1875年ボスニア・ヘルツェゴヴィナでギリシア正教徒(おもにスラブ系住民)が反乱をおこし、ブルガリヤにも飛び火。トルコはこれを弾圧にかかる。ロシアはスラブ民族の独立と統一を支援する。パン=スラブ主義。1877年から78年、ロシア=トルコ(露土)戦争。」

「チェルケス人」についても調べました。

「チェルケス人は自らを「アディゲ人」と呼ぶ。これは「海岸近くの山岳民」を表す」
「チェルケシアは、黒海東北沿岸部の小さな独立国だった。ロシア人はチェルケス人に対して何百回も略奪を行い、チェルケス人をオスマン帝国に追いやった。少なくとも60万人が虐殺や飢餓で落命し、何十万人も故郷を追われた。1864年までに、人口の75%が失われ、チェルケス人は近代最初の「祖国を失った民族」になった。」
「15世紀後半、クリミア・タタール人とオスマン帝国の影響を受けて、チェルケス人の一部がイスラム教を受け入れ始める。彼らはマムルークとなり、カイロのマムルーク朝(1250年~1517年)に仕え、スルタンまで上り詰めた者もいた。エジプトでは1950年にナセルが大統領になるまで、アディゲ人がエリート層を成していた。17世紀にはチェルケス人の多くがイスラム教に改宗した。 ペルシアのサファヴィー朝やガージャール朝に多くのチェルケス人が移住し、ハレムの特権を得て「グラム」と呼ばれる上流兵士となったり、様々な仕事に従事した。アッバース2世やスレイマン1世を始め、サファヴィー朝の貴族やエリートの多くがチェルケス人の子孫だった。イランへの移住は20世紀まで続き、多くが現地社会に溶け込んだ一方で、テヘランやタブリーズ、ギーラーン州、マーザンダラーン州ではチェルケス人社会が未だに存在する。1800年~1909年の間に、オスマン帝国にチェルケス人を中心とする約20万人の奴隷が輸出されたと見積もられている。チェルケス美人は側室として需要が有った」
「2014年にソチ五輪が開催されたソチは、かつてチェルケス人の首都だった。 この地域には1860年~1864年のロシア帝国の侵略により虐殺されたチェルケス人の集団墓地が有る。」

そして「スラブ人」です。

「スラヴ人は、中欧・東欧に居住し、インド・ヨーロッパ語族スラヴ語派に属する言語を話す諸民族集団である。ひとつの民族を指すのではなく、本来は言語学的な分類に過ぎない。東スラヴ人(ウクライナ人、ベラルーシ人、ロシア人)・西スラヴ人(スロバキア人、チェコ人、ポーランド人)・南スラヴ人(クロアチア人、セルビア人、ブルガリア人など)に分けられる。言語の共通性は見られ、特に西スラヴと東スラヴは時により北スラヴと分類されることがある。」

ところで、私は自分なりにこの物語は1866年ごろのこととして考えていますが、この訳注にある1875年では年数が合いません。

『カラマーゾフの兄弟』は1879年から連載がはじまり、単行本として出版されたのは1880年です。


はっきりわかりませんが、「イワン」の話は訳注より前の話ではないでしょうか。


2017年8月26日土曜日

513

「イワン」の話の途中からです。

「俺としてはただ、お前を俺の見地に立たせてみることが必要だっただけだからな。俺は一般的に人類の苦悩について話すつもりだったんだが、むしろ子供たちの苦悩にだけ話をしぼるほうがいいだろう。俺の論証の規模は十分の一に縮められてしまうけど、それでも子供だけに話をしぼったほうがよさそうだ。もちろん、俺にとってはそれだけ有利じゃなくなるがね。しかし、第一、相手が子供なら、身近な場合でさえ愛することができるし、汚らしい子でも、顔の醜い子でも愛することができる(もっとも俺には、子供というのは決して顔が醜いなんてことはないように思えるがね)。第二に、俺がまだ大人について語ろうをしないのは、大人はいやらしくて愛に値しないという以外に、大人には神罰もあるからなんだ。彼らは知恵の実を食べてしまったために、善悪を知り、《神のごとく》になった。今でも食べつづけているよ。ところが子供たちは何も食べなかったから、今のところまだ何の罪もないのだ。お前、子供を好きかい、アリョーシャ? お前が好きなことは知っているよ、だから何のために俺が今、子供たちについてだけ話したがっているか、お前にはわかってもらえるだろう。かりにこの地上で子供たちまでひどい苦しみを受けるとしたら、もちろんそれは自分の父親のせいなんだ。知恵の実を食べた父親の代りに罪を受けているわけだよ-しかし、そんなのは別世界の考えで、この地上の人間の心にはとうてい理解できないものだ。罪のない者が、それもこんなに罪なき者が他人の代りに苦しむなんて法があるもんか! さぞおどろくことだろうが、俺もおそろしく子供好きなんだよ、アリョーシャ。それに、おぼえておくといいが、残酷な人間、熱情的で淫蕩なカラマーゾフ型の人間は、往々にしてたいそう子供好きなものなんだ。子供ってやつは、子供である間は、たとえば七歳くらいまでは、ひどく人間とかけ離れていて、まるで別の本性をそなえた別の生き物みたいだからな。俺は服役中のさる強盗を知っていたけれど、そいつは泥棒稼業の間に、夜な夜な強盗に押し入った先で一家を皆殺しにしたり、何人もの子供を一度に斬り殺したりしたことがあるんだ。ところが、服役中にそいつは奇妙なほど子供好きになったんだよ。刑務所の中庭で遊んでいる子供を獄窓から眺めるのだけが、仕事になってしまったのさ。そのうち、一人の幼い少年をなつかせて窓の下まで来させるようにして、すっかり仲良しになっていたよ・・・・何のために俺がこんな話をしているのか、わからないだろうな、アリョーシャ? 俺はなんだか頭が痛くなってきたよ、それに気が滅入るし」

「話しているときの様子が変ですよ」

「アリョーシャ」は心配そうに注意しました。

「まるで何か錯乱したみたいで」

「イワン」は、これから「人類の苦悩」について話そうとしているのですね。

それをわかりやすく話すために「子供の苦悩」について話すのですね。


それにしても「俺はなんだか頭が痛くなってきたよ、それに気が滅入るし」などと言っていますので、「アリョーシャ」が心配しているように、「イワン」の今の精神状態は大丈夫なのでしょうか。


2017年8月25日金曜日

512

四 反逆

「お前に一つ告白しなけりゃならないことがあるんだ」

「イワン」が話しはじめました。

「俺はね、どうすれば身近な者を愛することができるのか、どうしても理解できなかったんだよ。俺の考えだと、まさに身近な者こそ愛することは不可能なので、愛しうるのは遠いものだけだ。いつか、どこかで《情け深いヨアン》という、さる聖人の話し(訳注 正しくはジュリアン。フローベルの書いたこの伝説が少し前に雑誌に発表された)を読んだことがあるんだが、飢えて凍えきった一人の旅人がやってきて暖めてくれと頼んだとき、聖人はその旅人と一つ寝床に寝て抱きしめ、何やら恐ろしい病気のために膿みただれて悪臭を放つその口へ息を吹きかけはじめたというんだ。しかし、その聖者は発作的な偽善の感情にかられてそんなことをやったのだ、義務的に命じられた愛情から、みずから自己に課した宗教的懲罰から、そんなことをやったんだと、俺は確信してるよ。人を愛するためには、相手が姿を隠してくれなけりゃだめだ、相手が顔を見せたとたん、愛は消えてしまうのだよ」

この「イワン」の発言「身近な者こそ愛することは不可能なので、愛しうるのは遠いものだけだ」なのですけど、このようなことは以前に「ゾシマ長老」と「ホフラコワ夫人」の会話で聞いたことがありますね。

「ホフラコワ夫人」が自らの来世について確信できないということを「ゾシマ長老」に告白したときに、「ゾシマ長老」は身近な人たちを実際に愛することによって、「やがて隣人愛における完全な自己犠牲の境地まで到達」したら来世を信じられるようになると答えていました。

そうすると、「ホフラコワ夫人」は自分は「人類愛」がとても強いが、個々の人に対しての実行的な愛については、自信がないと言いました。

その時に「ゾシマ長老」はある医師のことを例にあげます。

その医師は「自分は人類を愛しているが、人類全体を愛するようになればなるほど、個々のひとりひとりの個人に対する愛情が薄れていく」と言います。

これは、SNSが流行っている現代にも共通するテーマです。

それは(191)に書かれています。

そして、「ホフラコワ夫人」は、「では、どうしたらよろしいのでしょう?」と「ゾシマ長老」に問いました。

そして、「ゾシマ長老」は「あなたがそれを嘆いていることで十分なのです。ご自分にできることをなさい。そうすれば報われるのです。」という答え方をしました。

この「ご自分にできることをなさい。そうすれば報われるのです。」ということは、拡大解釈をすれば、「自分でできないことはしなくとも報われる」ということになり、さらに思い切って親鸞的に解釈すれば、「自分でできないのは、自分が凡夫である証拠であって、そのような凡夫こそが救われるのが他力の本意であり、極楽浄土へ行くために手を差し伸べるのは自力の計らいである」ということになるでしょう。

つまり、ここでの「ゾシマ長老」の答え方は、含みをもたせたすぐれた内容だと思います。

この「ご自分にできることをなさい」ということで思い出されるのは、東日本大震災の時に「できることをしよう」というキャッチコピーがマスコミを通して大量に流されました。

これは、原発事故を起こりどうすることもできず多くの人が何もできなかったときなので、気の利いたコピーだと思うのですが、私には抵抗がありました。

それは「できること」の線引きを決めるのは自分であり、どんなことをしたとしても必ず自己欺瞞が生ずるのです。

「ゾシマ長老」の言う「ご自分にできることをなさい」も同じです。

判断は個々人に任されますが、これには根本的な解決はないかもしれません。

「そのことはゾシマ長老も一度ならず話しておられました」

「アリョーシャ」が口をはさみました。

「長老もやはり、人間の顔はまだ愛の経験の少ない多くの人々にとって、しばしば愛の妨げになる、と言っておられたものです。でも、やはり人類には多くの愛が、それもキリストの愛にほとんど近いような愛がありますよ。そのことは僕自身よく知っています、兄さん・・・・」

「ところが今のところ俺はまだそんなことは知らないし、理解もできないね。それに数知れぬほど多くの人たちだって俺と同じことさ。ところで問題は、人間の悪い性質からそういうことが起るのか、それとも人間の本性がそういうものだから起るのか、という点なんだ。俺に言わせると、人間に対するキリストの愛は、見方によれば、この地上では不可能な奇蹟だよ。なるほど、キリストは神だった。ところが、われわれは神じゃないんだからな。早い話、たとえば俺が深刻に苦悩することがあるとしよう、しかし俺がどの程度に苦しんでいるが、他人には決してわからないのだ。なぜならその人は他人であって、俺じゃないんだし、そのうえ、人間というやつはめったに他人を苦悩者と見なしたがらないからな(まるでそれが偉い地位ででもあるみたいにさ)。なぜ見なしたがらないのだろう、お前はどう思うね? その理由は、たとえば、俺の身体が臭いとか、ばか面をしているとか、あるいは以前にそいつの足を踏んづけたことがあるとかいうことなんだ。おまけに、苦悩にもいろいろあるから、俺の値打ちを下げるような屈辱的な苦悩、たとえば飢えなんかだったら、俺に恩を施す人もまだ認めてくれるだろうが、それより少しでも高級な苦悩、たとえば思想のための苦悩なぞになると、もうだめさ。そんなものは、ごくまれな場合を除いて認めちゃくれないんだ。それというのも、たとえば相手が俺を見て、こういう思想のために苦悩している人間は当然こういう顔をしているはずだと想像していたのとは、まるきり違う顔を俺がしていることに、ふいに気づくからなんだよ。そこで相手はすぐさま俺から恩恵を剥奪してしますわけだが、意地わるな心からじゃ決してないんだからな。乞食、それも特におちぶれ貴族の乞食は決して人前に姿を見せたりせず、新聞を通じて施しを仰ぐへきだろうね。抽象的になら、まだ身近な者を愛することはできるし、ときには遠くからでさえ愛せるものだけれど、近くにいられたんじゃほとんど絶対にだめと言っていい。もしすべてかバレエの舞台かなんぞのように行われ、乞食が絹のぼろや破れたレースをまとって登場して、優雅に踊りながら、施しを乞うのだったら、その場合はまだ見とれてもいられるさ。見とれてはいられるけど、やはり愛するわけじゃない。しかし、この話はもうたくさんだ。

まだ、「イワン」の話の途中ですが一旦ここで区切ります。

ここでの「イワン」の説明は、「ゾシマ長老」の例えたある医者の話と同じですね。


彼は「だれかが近くにきただけで、その人の個性が自分の自尊心を圧迫し、自由を束縛してしまう」と言っていましたので。


2017年8月24日木曜日

511

「でも何のために、《これ以上愚劣な切りだし方はないといった感じで》、話をはじめたりしたんです?」

この「アリョーシャ」の質問は意外ですね、この場でなぜそのような質問が必要なのでしょうか、そして、「愚劣」とは一体何をもって愚劣というのでしょうか。

考えこむように兄を見つめながら、「アリョーシャ」はたずねました。

「そう、第一に、ロシア的表現のためさ。こういうテーマのロシア人の会話は、いつも、これ以上愚劣にはすすめられないといった感じで運ばれるからな。第二に、それでもやはり、愚劣になればなるほど、いっそう本題に近づくからな。愚かさというのは簡単だし、他愛ないけれど、知恵はずるく立ちまわって、姿を隠すもんだよ。知恵は卑怯者だが、愚かさは生一本で、正直者だからね。俺はついに絶望にまで立ちいたってしまったから、問題を愚劣に立てれば立てるほど、俺にとってはますます有利なわけさ」

「イワン」は「愚劣」に会話をはじめたことをふたつ説明しています。

そして「愚劣」の対極として「知恵」を挙げていますが、言い換えれば「凡用」と「知識」ということでしょうか。

ここでは、理念的であるはずの「イワン」が感性的、身体的なところから話をはじめたことに対する「アリョーシャ」の疑問による指摘と、理念的な人物であるはずの「イワン」が「愚劣」は「生一本で、正直者」と持ち上げて、「知恵」はずるく卑怯者だということの矛盾を突いているのかもしれません。

また、考えようによっては「愚劣」は「生一本で、正直者」で「知恵」はずるく卑怯者だというのですから、「農民」と「インテリゲンチャ」の比喩かもしれません。

「兄さんはなぜ《この世界を認めないか》を、僕に説明してくれる?」

「アリョーシャ」はつぶやきました。

「もちろん説明するとも。秘密じゃないし、そのために話をしてきたんだから。俺の望みはべつにお前を堕落させることじゃないし、お前を基盤から引きずりおろすことでもない。ことによると、お前の力をかりて俺自身を治療したいと思ってるかもしれないんだしな」

「イワン」の「ことによると、お前の力をかりて俺自身を治療したいと思ってるかもしれないんだしな」のようなどっちつかずの表現が相手にとっては彼が何を考えているのか、彼がどんな人物なのか、わかりにくくしていると思います。

ふいに「イワン」は、まるきり幼いおとなしい少年のように、にっこりしました。


「アリョーシャ」はこれまで一度として、兄のそんな笑顔を見たことがありませんでした。


2017年8月23日水曜日

510

「イワン」の発言の途中からです。

「これはすべて、三次元についてしか概念を持たぬように創られた頭脳には、まるきり似つかわしくない問題なんだよ。というわけで、俺は神を認める。それも喜んで認めるばかりか、それ以上に、われわれにはまったく測り知れぬ神の叡智も、神の目的も認めるし、人生の秩序や意味も信じる。われわれがみんなその中で一つに融和するとかいう、永遠の調和も信じる。また、宇宙がそれを志向し、それ自体が《神にいたる道》であり、それ自体が神にほかならぬという言葉(訳注 キリストを意味する)も、俺は信じるし、そのほかいろいろと無限に信じるよ。この問題については数限りない言葉が作りだされているからな。どうやら俺も正しい道に立っているようじゃないか、え? ところが、どうだい、結局のところ、俺はこの神の世界を認めないんだ。それが存在することを知っているものの、まったく許せないんだ。俺が認めないのは神じゃないんだよ、そこのとこを理解してくれ。俺は神の創った世界、神の世界なるものを認めないのだし、認めることに同意できないのだ。断っておくけど、俺は赤児のように信じきっているんだよ-苦しみなんてものは、そのうち癒えて薄れてゆくだろうし、人間の矛盾の腹立たしい喜劇だっていずれは、みじめな幻影として、あるいはまた、原子みたいにちっぽけで無力な人間のユークリッド的頭脳のでっちあげた醜悪な産物として、消えゆくことだろう。そして、結局、世界の終末には、永遠の調和の瞬間には、何かこの上なく貴重なことが生じ、現れるにちがいない。しかもそれは、あらゆる人の心に十分行きわたり、あらゆる怒りを鎮め、人間のすべての悪業や、人間によって流されたいっさいの血を償うに十分足りるくらい、つまり、人間界に起ったすべてのことを赦しうるばかりか、正当化させなしうるに足りるくらい、貴重なことであるはずだ。しかし、たとえそれらすべてが訪れ、実現するにしても、やはり俺はそんなものを認めないし、認めたくもないね! たとえ二本の平行線がやがて交わり、俺自身がそれを見たとしても、俺がこの目でたしかに見て、交わったよと言うとしても、やはり俺は認めないよ。これが俺の本質なんだ、アリョーシャ、俺のテーゼだよ。俺はまじめに話したんだぜ。俺は、これ以上愚劣な切りだし方はないといった感じで、お前との話をはじめたけれど、結局は俺の告白になっちまったな。それというのも、お前に必要なのはそれだけだからさ。お前に必要なのは神についての話じゃなく、お前の愛する兄が何によって生きているかえお知ることだけなんだよ。だから俺は話したのさ」

「イワン」は長口舌を、ふいに、何か一種特別な思いがけぬ感情をこめて結びました。

「イワン」はこの中でそれが自分のテーゼであるとまで言っていることは、神は認めるが神が創った世界は認めないということです。

これは、どういうことでしょうか。

たとえ平行線が交わるところを見たとしても、自分はそれを認めないと言っています。

自分が体験したことまで認めないということですが、私は「イワン」の言うことがわかりません、それでは肉体から切り離された理念だけを認めるということになります。

「世界を認めない」とはどういうことでしょうか。

この「認めない」ということはどういうことでしょうか。


たとえば「イワン」は、神を信じてはいるが神の創ったこの世界を認めることができないっというのだが、仮に神が別の理想的な世界を創ればそれを認めるということでしょうか、そうだとすれば、この世界は仮の誤った世界ということになります、また、この誤った世界を創ったのは神ではないと言うこともできるかもしれません。


2017年8月22日火曜日

509

「じゃ、何からはじめるか、言ってくれよ。お前が注文するんだ。神の話からか? 神は存在するか、ということからかい?」

「何でも好きなものから、はじめてください。《反対側》からでもかまいませんよ。だって兄さんは昨日お父さんのところで、神はいないと断言したんですから」

「アリョーシャ」は探るように兄を眺めました。

「俺は昨日、親父のところで食事をしながら、そう言ってお前をわざとからかったんだけど、お前の目がきらきら燃えたのがわかったよ。でも今はお前と話す気は十分あるんだし、とてもまじめに言ってるんだ。俺はお前と親しくなりたいんだよ、アリョーシャ。俺には友達がいないから、試してみたいのさ。だって考えてもみろよ、ひょっとすると俺だって神を認めているかもしれないんだぜ」

「イワン」は笑いだしました。

「お前にとっちゃ、思いもかけぬ話だろう、え?」

「ええ、もちろんですとも。ただし、今も兄さんがふざけているのでないとすればね」

「冗談じゃないよ。昨日も長老のところで、俺はふざけてるって言われたっけね。あのね、十八世紀に一人の罪深い老人がいたんだが、その老人が、もし神が存在しないのなら、考えだすべきである、S’il n’existait pas Dieu,il faudrait I’inventer.(訳注 ヴォルテールの『三人の偽君子に関する書の著者へあてた手紙』の一節)、と言ったんだ。そして本当に人間は神を考えだした。ここで、神が本当に存在するってことは、ふしぎでもなければ、別段おどろくべきことでもないんだ。しかし、人間みたいな野蛮で邪悪な動物の頭にそういう考えが、つまり神の必要性という考えが、入りこみえたという点が、実におどろくべきことなんだよ。それほどその考えは神聖なんだし、それほど感動的で、聡明で、人間に名誉をもたらすものなんだな。俺自身に関して言えば、俺はもうずっと前から、人間が神を創りだしたのか、それとも神が人間を創ったのか、なんて問題は考えないことにしているんだよ。もちろん、この問題に関する現代のロシアの小僧っ子たちの公理なんぞ、どれもこれもヨーロッパの仮説からの孫引きだから、検討するつもりもないよ。なぜって、向うの仮説が、ロシアの小僧っ子にかかると、とたんに公理になってしまうし、それが小僧っ子だちだけじゃなく、どうやら大学教授たちまで、そうらしいからな。それもいうのも、ロシアの大学教授も今やきわめて往々にしてロシアの小僧っ子と変りないからなんだよ。だから、いっさいの仮説は敬遠しよう。だって、今の俺たちの課題は何だと思う? ほかでもない、できるだけ早くお前に俺の本質を、つまり、俺がどういう人間であり、何を信じ、何を期待しているかを説き明かすのが、課題なんだ、そうだろう? だから俺は、率直かつ単純に神を認めるってことを、名言しておくよ。それにしても、断っておかなければならないが、かりに神が存在し、神がこの地球を創ったとすれば、われわれが十分承知しているとおり、神はユークリッド幾何学によって地球を創造し、三次元の空間についてしか概念を持たぬ人間の頭脳を創ったことになる。にもかかわらず、宇宙全体が、いや、もっと広範に言うなら、全実在がユークリッド幾何学にのみもとづいて創られたということに疑念を持つ幾何学者や哲学者はいくらもあったし、現在でさえいるんだ。きわめて著名な学者の中にさえな。そういう学者たちは大胆にも、ユークリッドによればこの地上では絶対に交わることのありえぬ二本の平行線も、ひょっとすると、どこか無限の世界で交わるかもしれない、などと空想しているほどなんだ。そこでね、そんなことすら俺には理解できぬ以上、神について理解できるはずがない、と決めたんだよ。そういう問題を解く能力が俺にまるきりないことは、素直に認める。俺の頭脳はユークリッド的であり、地上的なんだ。だから、この世界以外のことはとうてい解決できないのさ。お前にも忠告しておくけど、この問題は決して考えないほうがいいよ、アリョーシャ、何より特に神の問題、つまり神はあるか、ないかという問題はね。

まだ、「イワン」の発言の途中です。

「イワン」は一体何でしょうか、彼は言うことがいろいろ変わるので私には彼が神を信じているのか、信じていないのかわかりません。

それとも、「イワン」も自分が神を信じているのか、信じていないのかわからないのでしょうか。

(221)にあるように、昨日「イワン」は長老の庵室で「ミウーソフ」が「イワン」の発言として言ったことですが、「たとえば現在のわれわれのように、神も不死も信じない個々の人間にとって、自然の道徳律はただちに従来の宗教的なものと正反対に変わるべきであり、悪行にもひとしいエゴイズムでさえ人間に許されるべきであるばかりか、むしろそういう立場としては、もっとも合理的な、そしてもっとも高尚とさえ言える必然的な帰結として認められるべき」と言っており、「ゾシマ長老」は「もし、そう信じておられるのなら、あなたはこの上なく幸せか、さもなければ非常に不幸なお人ですの!」と言っています、そして、「なぜ不幸なのです!」との「イワン」の質問に対して「なぜなら、あなたは十中八、九まで、ご自分の不死も、さらには教会や教会の問題についてのご自分の書かれたものさえも、信じておられぬらしいからです」と言われています。

それは、ともかくとして、「ユークリッド幾何学」が出てきましたので、ネットで調べて見ました。

説明の優劣がわかりませんので、任意に取り上げてみたのが以下の説明です。

「幾何学の源流はユークリッドによる 原論(Elements)である.漢訳名は幾何原本(前半6巻は1607年にマテオ・リッチと徐光啓により漢訳された)であるがここでは日本語版([6])に従って原論ということにする.原論には序文,前書きのようなものは一切存在しない.また,動機や計算例も書かれていない.ただ,定義,公理,定理,証明が続くのみである.全体は13巻で構成されているが,各巻の構成は以下の通りである.最初の6巻は初等平面幾何,次の3巻は数論,X巻は無理数論,最後の3巻は立体幾何学である.」

そして二本の平行線の交差については、命題[I-29]に「平行線の2つの錯角は等しい.」とあり、その証明としてⅠ巻の公準の5に「直線が2直線と交わるとき,同じ側の内角の和が2直角より小さいなら,この2直線は限りなく延長されたとき,内角の和が2直角より小さい側において交わる.」そうです。

なんだか、よくわかりませんが、凡人から見れば当たり前の事を書いているようです。

そして、「イワン」が自分の頭脳は地上的なユークリッド幾何学であるので、理解できないと言っている非ユークリッド幾何学とは次にように説明されていました。

「非ユークリッド幾何学は、ユークリッド幾何学の平行線公準が成り立たないとして成立する幾何学の総称。非ユークリッドな幾何学の公理系を満たすモデルは様々に構成されるが、計量をもつ幾何学モデルの曲率を一つの目安としたときの両極端の場合として、至る所で負の曲率をもつ双曲幾何学と至る所で正の曲率を持つ楕円幾何学(殊に球面幾何学)が知られている。ユークリッドの幾何学は、至る所曲率0の世界の幾何であることから、双曲・楕円に対して放物幾何学と呼ぶことがある。大雑把に言えば「平面上の幾何学」であるユークリッド幾何学に対して、「曲面上の幾何学」が非ユークリッド幾何学である。」

この非ユークリッドは数学的には証明されているのでしょうが、観念的には全くわかりません、だから「イワン」は神の存在については「お前にも忠告しておくけど、この問題は決して考えないほうがいいよ」と「アリョーシャ」に言うのです。


2017年8月21日月曜日

508

「つまり、何のためか自分でもわかっているんじゃないか。ほかの連中はともかく、俺たち、嘴の黄色い若者は別なんだよ、俺たちは何よりもまず有史以前からの永遠の問題を解決しなければならない、それこそ俺たちが心を砕くべき問題なんだ。今や若いロシア全体が論じているのも、もっぱら有史以前からの永遠の問題だけだよ。まさしく今や、老人たちがふいに実際的な問題にかかずらいはじめたからなんだ。お前だって、それだからこそ、三ヶ月もの間、期待の目で俺を見つめつづけていたんだろう? 『汝はいかなる信仰をしているか、それともまったく信仰しておらぬか?』と、俺に問いただすためだろう、三ヶ月のあの目つきはまさにそこに帰結するってわけだ。そうじゃござんせんかね、アレクセイさん?」

実際にこの発言、つまり「アリョーシャ」が三ヶ月の間、「イワン」と話をしたそうにしていたのは、永遠の問題、つまり神の問題などを話し合いたいと思っていたからだろうと言うんですが、「イワン」が明日どこかへ去って行くとしても、これは今この状況で話す必然性はないのではないかと思います。

この部分については、たとえこのあとの展開に必要だとしもそのためにとってつけたような感があります。

「そうかもしれません」

「アリョーシャ」は微笑しました。

「まさか兄さんは今、僕をからかってるんじゃないでしょうね?」

ここでは、さすがにとってつけた感を打ち消そうとして「アリョーシャ」に「僕をからかってるんじゃないでしょうね?」と言わせて読者の心理の操作をしています。

「俺がからかってるって? いくら俺だって、三ヶ月もの間あんなに期待をこめて俺を見つめていたかわいい弟を嘆かせるつもりはないよ。アリョーシャ、まっすぐ俺を見てごらん、俺自身だってお前とそっくり同じような、ちっぽけな小僧っ子なんだよ。見習い僧でないだけでさ。ところで、ロシアの小僧っ子たちが今までどんな活動をしてきていると思う? つまり、一部の連中だがね? 早い話、この悪臭芬々たる飲屋にしても、そういう連中がここに落ち合って、片隅に陣どったとする。それまでは互いにまったく相手を知らず、いったん飲屋を出てしまえば、向う四十年くらいはまた互いに相手を忘れていまうような連中なのに、それがどうだい、飲屋でのわずかな時間をとらえて、いったい何を論じ合うと思う? ほかでもない、神はあるかとか、不死は存するかといった、世界的な問題なのさ。神を信じない連中にしたって、社会主義だの、アナーキズムだの、新しい構成による全人類の改造だのを論ずるんだから、しょせんは同じことで、相も変らぬ同じ問題を論じているわけだ、ただ反対側から論じているだけの話でね。つまり、数知れぬほど多くの、独創的なロシアの小僧っ子たちのやっていることと言や、現代のわが国では、もっぱら永遠の問題を論ずることだけなんだよ。そうじゃないかね?」

「ええ、本当のロシア人にとって、神はあるか、不死は存するのかという問題や、あるいは兄さんが今言ったように、反対側から見たそれらの問題は、もちろん、あらゆるものに先立つ第一の問題ですし、またそうでなければいけないんです」

相変らず例の静かな、探るような微笑をうかべて兄を見つめながら、「アリョーシャ」が言いました。

「そこなんだよ、アリョーシャ。ロシア人であることが、時にはまるきり賢明でない場合もあるけど、やはりロシアの小僧っ子たちが現在やっていることくらい愚劣なものは、考えもつかないな。しかし俺は、アリョーシャというロシアの小僧っ子だけは、おそろしく好きだけどね」

「うまくオチをつけましたね」

突然「アリョーシャ」が笑いだしました。

ロシアの思想史のようなものを脇に置いていなければ、このころのロシアのことがわかりませんので、「イワン」の話も十分にわかりません。

この小説は、いつのことが書かれているのか私の判断ではありますが、1866年ごろではないかと思っています。

翌1867年にはマルクスの『資本論』第1巻が出版されています。

この時代はヨーロッパにおいては観念論から唯物論への移行期にあたり、さまざまな思想が百花繚乱のように現われ出た時代です。

ロシアでもその影響は多大なものがありました。

ネットで調べるとこの頃の思想状況についてさまざまの出版物があり、記事がありますが、どれを選択していいのかもよくわかりませんので、不本意ではありますが目についたものを以下に紹介します。

「解放思想家たち:1861年に農奴が解放され、ロシアはようやく近代化の道を歩みだした。1860年代のチェルヌィシェフスキー、ドブロリューボフ、ピーサレフら急進的なニヒリスト(虚無主義者)たちは、既存の権威をいっさい否定したが、彼らもまた、インテリゲンチャと民衆、個人と社会、ヨーロッパ化と土着という伝統的な問題を追究したのだった。1870~1880年代には、ラブロフ、ミハイロフスキー、トカチョフらのナロードニキが、ヨーロッパの資本主義を回避するため、ロシア独自の道を求めた。そして、農村共同体に基づくロシア的社会主義の理論を打ち立てた。ナロードニキ出身のクロポトキンは、バクーニンのアナキズムを発展させた。しかし、プレハーノフ、レーニンらマルクス主義者は彼らを厳しく批判した。1917年、レーニンの指導のもとに革命が起き、レーニンの思想は、ソビエト・ロシアにおける思想の唯一の規範となった。

宗教思想家たち:一方、ロシア哲学の流れには、ホミャコーフ、キレーエフスキーらのスラブ派や、彼の文学そのものが近代ヨーロッパ文明に対するもっとも根本的な告発であったドストエフスキーを受け継ぐ、K・N・レオンチエフ、K・F・フョードロフ、V・S・ソロビヨフ、ローザノフ、ベルジャーエフ、フロレーンスキーら、ギリシア正教の立場にたつ宗教思想家の系譜がある。彼らは、反ヨーロッパ、反近代、反合理主義で共通している。いずれもソビエト時代には厳しく禁止された。」


2017年8月20日日曜日

507

「そう言いたければ、恋と言ってもいい。そう、俺はあのお嬢さんに、女学生にすっかり惚れこんだ。彼女のことで苦しんだし、彼女は俺を苦しめた。俺は彼女にうつつをぬかしていたもんだが・・・・ふいにすべてがけしとんだんだよ。さっき俺は意気ごんでしゃべっていたけど、外へ出てから大笑いしたよ、信じられるかい? そう、俺は掛値なしに言ってるんだぜ」

「今だってとても楽しそうに話してますよ」

事実ふいに快活になった兄の顔を見つめながら、「アリョーシャ」は指摘しました。

「それというのも、彼女を少しも愛していないってことが、わかったからさ! へ、へ! 蓋を開けてみたら、大違いだったってわけだ。しかし、とても好きだったんだがね! さっき演説をぶったときでさえ、好きだったよ。そう、今だってひどく好きだ、にもかかわらず彼女から離れ去るのが、実にせいせいした気持なんだ。俺が虚勢を張ってると思うかい?」

「いいえ。ただ、それは恋じゃなかったのかもしれませんね」

「アリョーシャ」

「イワン」が笑い出しました。

「恋の論議に深入りするのはやめとけよ! お前としちゃ不謹慎だぞ。さっきだって、さっきだって、あれは跳ね上がりだぜ、ええ! あの褒美に接吻してやるのを忘れていたよ・・・・それにしても彼女にはさんざ苦しめられたもんさ! 実際、病的な興奮なんぞに付き合っていたんだからな。ああ、彼女は俺が愛してるってことを承知していたんだよ。彼女が愛していたのも、ドミートリイじゃなく、この俺さ」

「イワン」が楽しげに言い張りました。

「ドミートリイは、病的な興奮にすぎないからな。さっき彼女に俺が言ったことは、全部まったくの真実だよ。しかし、問題は、いちばん肝心な問題は、自分がドミートリイなぞ全然愛してやせず、いつも苦しめてきたこの俺だけを愛しているってことに彼女が思いいたるのに、おそらく十五年か二十年はかかるだろう、という点なんだ。そう、今日の教訓にもかかわらず、たぶん彼女はいつになっても思いいたらないだろうな。まあ、そのほうがいいだろう。俺はぷいと立って、永久に去ってしますわけだ。ついでだからきくけど、
彼女は今どうしてる? 俺が出たあと、どうなったんだね?」

(461)で「イワン」が「カテリーナ」に「病的な興奮」で「ドミートリイ」を愛していると言っていましたね。

「イワン」は、振られたのだと思いますが、なぜかそんなふうに思っておらず、自分が振ったと思いたがっているようです。

そして、「カテリーナ」が本当は自分を好きだったんだと気づくまでに「十五年か二十年」かかるだろうと、負け惜しみを言っています。

「アリョーシャ」はヒステリーの話をして、たぶん彼女は今も意識不明でうわごとを言いつづけているはずです、と語りました。

「ホフラコワ夫人が嘘をついてるんじゃないのか?」

「イワン」は負け惜しみが強いばかりでなく、自尊心も強く、猜疑心も強いですね。

「どうもそうじゃないようです」

「確かめてみる必要があるな。もっとも、いまだかつてヒステリーで死んだ人間は一人もいないからね。それにヒステリーなら、いっこうかまわんよ。神さまは愛すればこそ女性にヒステリーを授けたんだからな。俺はあそこへは今後いっさい行かんよ。いまさらのこのこ出かけて行って、何になるというんだ」

「それにしても兄さんはさっき、あの人が一度も兄さんを愛したことがないなんて、言ってましたね」

「あれはわざと言ったのさ。アリョーシャ、シャンパンを注文しようか、俺の自由を祝って飲もうじゃないか。そうなんだ、どんなに俺が喜んでいるか、わかってもらえたらな!」

「いえ、兄さん、飲まないほうがいいですよ」

「アリョーシャ」がふいに言いました。

「おまけに僕はなんだか気持が沈んでいるし」

「うん、だいぶ前から沈んだ様子をしているな、俺はさっきから気づいていたよ」

「それじゃ、どうしても明日の朝、行ってしまうんですか?」

「朝? 朝なんて言ったおぼえはないぜ・・・・もっとも、朝かもしらんがね。実を言うと、今日ここで食事をしたのは、もっぱら親父といっしょに食事したくなかったからなんだ、それほど親父には愛想がつきたのさ。あの親父から逃げるためだけでも、とっくに出発しているべきだったよ。しかし、俺が行ってしまうのを、どうしてそんなに心配するんだい? 俺たちには出発まで、まだどのくらい時間があるかわからないぜ。まさに永遠の時間が、不死がさ!」

まさに、相手の都合を全く考慮しない勝手な話ぶりですね。

「明日行ってしまうのに、何が永遠なもんですか?」

「そんなこと、俺たちに何の関係がある?」

「イワン」が笑いだしました。

「だって自分たちの問題なら、まだ十分話し合えるじゃないか、自分たちの問題なら。何のために俺たちはここへ来たんだい? どうして、そんなにおどろいたように見ている? 答えてみな、何のために俺たちはここで会ったんだい? カテリーナに対する恋とか、親父とドミートリイのこととかを話すためにかね? 外国の話をするためか? ロシアの宿命的な状況についてか? ナポレオン皇帝の話かね? そうなのかい、そんなことのためにか?」

「いいえ、そのためじゃありません」


「イワン」は「どうして、そんなにおどろいたように見ている?」と「アリョーシャ」に聞き返しましたが、「アリョーシャ」としては、今この店に二人でいるのは、「イワン」が「ドミートリイ」と待ち合わせしているから偶然を装って来たまでだし、「イワン」とそんな話をするためではないのであって、彼の白々しさにあきれているのだと思います。


2017年8月19日土曜日

506

「イワン」は眉をひそめ、考えこみました。

「兄さんはスメルジャコフのことで眉をひそめたの?」

「アリョーシャ」はたずねました。

「うん、あの男のことでだ。しかし、あんなやつ、くそくらえだ。ドミートリイには本当に会いたかったんだけど、今となってはもうその必要もないよ・・・・」

「イワン」はきっと「スメルジャコフ」のことを信用できない奴だと思い頭にきたのでしょう、ここで「ドミートリイ」を待っていることもバラされたのですから。

「イワン」は気乗りせぬ口調でつぶやきました。

「兄さんは本当にそんなに早急に行ってしまうんですか?」

「うん」

「じゃ、ドミートリイ兄さんとお父さんはどうなるの? どういう結果に終るの?」

「アリョーシャ」は不安そうに言いました。

「またお得意の念仏がはじまったな! 俺に何の関係があるって言うんだい? 俺がドミートリイの番人だとでも言うのかい?」

「イワン」は苛立たしげに話を断ち切ろうとしかけましたが、ふいに何やら苦々しげに笑いました。

「これは殺した弟のことを神さまにきかれて、カインのした返事だったな(訳注 創世記第四章。弟アベルを殺したカインは、主に弟の行方をきかれて「知りません。私が弟の番人でしょうか」と答えた)、ええ? たぶん、今の瞬間そう思ったんだろう? しかしな、冗談じゃないよ、本当に俺がここに残ってあの二人の番人なんぞしていられるかね?用事は終ったんだから、俺はもう行くよ。お前まさか、俺がドミートリイに嫉妬しているだの、思ってるんじゃあるまいな? ええ、いまいましい、こっちには自分の用事があったんだ。その用事を終えたから、俺はもう行くのさ。用事はさっき片づけた、お前もちゃんと見ていただろうに」

「さっきって、カテリーナ・イワーノヴナのところで?」

「そう、あそこでさ。そしたらいっぺんに解放されたよ。それなのに、いったい何だい? 俺がドミートリイに何の用があるっているんだ? ドミートリイなんぞ関係ないよ。俺にはカテリーナに自分の用事があっただけさ。むしろ反対で、お前も知ってるとおり、ドミートリイのほうがさも俺と示し合わせているように振舞っていたんだぜ。こっちは全然頼みもしないのに、兄貴はまじめくさって彼女を俺に譲って、祝福するんだからな。何もかもお笑いぐさみたいなもんさ。そうさ、アリョーシャ、そうだとも、俺が今どんなに肩の荷をおろした気分でいるか、わかってもらいたいな! ここに坐って、食事をしていても、本当の話、自由の最初のひとときを祝うために、シャンパンでも注文したくなったほどだよ。ちぇっ、ほとんど半年近くだものな、それをふいに何もかもいっぺんにひっぺがしてやった。つい昨日でさえ、その気にさえなりゃ、こんなにあっさり片づけられるなんて、考えてもみなかったからな!」

「兄さんの言ってるのは、自分の恋のことでしょう?」

たしかに、「イワン」は気が動転しているのか、感情むきだしでとんでもない話をしていますね。

そもそも「イワン」は「カテリーナ」に今日振られたばかりであり、正常でいられるはずはないのですが、自己本位の性格が言動にあらわれています。


すぐにでもこの場から立ち去りたいという気持ちで頭の中がいっぱいで「フョードル」や「ドミートリイ」などのことを考える余裕もないようですね。


2017年8月18日金曜日

505

「わかりすぎるほどですよ、兄さん。本心から、腹の底から愛したいなんて、実にすばらしい言葉じゃありませんか。兄さんがそれほど生きていたいと思うなんて、僕はとても嬉しいな」

「アリョーシャ」は叫びました。

「この世のだれもが、何よりもまず人生を愛すべきだと、僕は思いますよ」

「人生の意味より、人生そのものを愛せ、というわけか?」

「リア充」のすすめという訳ですね。

「絶対そうですよ。兄さんの言うとおり、論理より先に愛することです。絶対に論理より先でなけりゃ。そうしてこそはじめて、僕は意味も理解できるでしょうね。僕はもうずっと以前からそういう気がしてならないんですよ。兄さんの仕事の半分はできあがって、自分のものになっているんです。だって、兄さんは生きることを愛しているんですもの。今度は後半のことを努力しなけりゃ。そうすれば兄さんは救われますよ」

弟ですが、完全に「上から目線」ですね、そしてあきらかに何かキリスト教でしょうが教義的な信念のもとに発言しているようです。

「お前はもう救う気になっているけど、もしかしたら、俺はまだ破壊していないかもしれないんだぜ! ところで、お前の言う後半とはいったい何だ?」

「兄さんの死者たちをよみがえらせることです。ことによると、その人たちはまったく死んでいなかったかもしれませんしね。さ、お茶をいただきましょうか。僕はこうやって話をしているのが、とても嬉しいな」

「兄さんの死者たち」とは何のことでしょう、「アリョーシャ」はここでかなり意味深なことを言っているように思います、親鸞的な言い方だと「還相廻向」ということでしょうか、しかし、ここでそのことは説明を避けるように話題を変えました。

「見たところ、どうやらお前は何か霊感に打たれているようだな。俺はお前みたいな・・・・見習い僧から信仰の告白をきくのが、ひどく好きなんだ。お前はしっかりした人間だな、アレクセイ。お前が修道院を出るつもりだってのは、本当かい?」

「本当です。長老さまが僕を俗界に送りだしてくださるんですよ」

「と、つまり、俗界でまた会えるわけだ。俺が大杯から口を離す三十くらいまでに、会おうじゃないか。親父なんざ、七十まで杯を離そうとしないさ、八十までもと夢見てさえいるんだからな、自分でそう言ってたよ。あんな道化ではあるけど、こればかりはひどく真剣でな。親父は色情を拠りどころにして、岩でも踏まえているようなつもりだからな・・・・もっとも三十過ぎたら、たしかに、それ以外には拠りどころがないだろうしな・・・・それにしても、七十までとは卑しいよ、いっそ、三十までのほうがいい。自分を欺きながら、《上品というニュアンス》を保っていられるからな。ところで今日ドミートリイを見かけなかったかい?」

(436)で「フョードル」は「アリョーシャ」にこう言っていました。

「現在のところ俺はとにかく男で通用する。まだ、やっと五十五でしかないからな。だが、俺はあと二十年くらいは男として通用したいんだ。そうなると、年をとるにつれて、汚らしくなるから、女たちは自分から進んでなんぞ寄りつきゃしなくなるだろう、そこで金が必要になるというわけさ。だからこそ俺は今、自分だけのために少しでも多く貯めこんでいるんだよ、アレクセイ、わかっといてもらいたいね。なぜって俺は最後まで淫蕩にひたって生きつづけたいからさ、これも承知しておいてもらいたいな。淫蕩にひたっているほうが楽しくていい。みんなはそれを悪しざまに言うけれど、だれだってその中で生きているのさ、ただ、みんなはこっそりやるのに、俺はおおっぴらにやるだけだよ。この正直さのおかげで、世間の醜悪な連中に攻撃されるけどな。アレクセイ、俺はお前の天国なんぞ行きたくないね、これは承知しといてもらいたいが、かりに天国があるとしたって、まともな人間なら天国とやらへ行くのは作法にはずれとるよ。俺の考えでは、寝入ったきり、もう二度と目をさまさない、それで何もかもパアさ。供養したけりゃ、するがいいし、したくなけりゃ、勝手にしろだ。これが俺の哲学だよ。昨日イワンがここでたいそう弁じたてたぜ、もっとも二人とも酔払ってたけど。イワンはほら吹きだな、何の学もありゃせん・・・それに格別の教養もないし。むっつり黙って、無言のまませせら笑ってやがる・・・それがあいつの手なんだ」

以上ですが、これは「アリョーシャ」に言った言葉です。

ということは、昨日「フョードル」は「イワン」にも同じようなことを言ったのだ思います。

それにしても、「イワン」の「七十までとは卑しいよ、いっそ、三十までのほうがいい。自分を欺きながら、《上品というニュアンス》を保っていられるからな」と言うのは、俗っぽい発言ですね。

そして、「イワン」は「イワン」で話題を肝心の「ドミートリイ」のことに変えています。

「いいえ、会いませんでした。スメルジャコフには会ったけど」

そして「アリョーシャ」は「スメルジャコフ」との出会いの模様を手短かに、しかしくわしく兄に話しました。

「イワン」はふいに気がかりそうな顔になって話をきき、いくつか問い返しさえしました。

「ただあの男は、自分の話したことはドミートリイ兄さんには言わないでほしいと、頼んでましたっけ」

「アリョーシャ」は付け加えました。

「スメルジャコフ」が「裏切らないでくださいまし」と言っているのに対し(501)で「アリョーシャ」は「ああ、しないとも。飲屋へは偶然寄ったようなふりをするから、安心していていいよ」と言っていました。


ということは、「スメルジャコフ」の話は「ドミートリイ」だけでなく「イワン」にも内緒でということだと思いますが、「アリョーシャ」はさりげなく裏切っています。


2017年8月17日木曜日

504

「それどころか、偶然の一致にびっくりさせられたよ!」

快活に、熱をこめて「イワン」が叫びました。

「実を言うと、さっき彼女のところでお前に会ったあと、ひとりでそのことばかりを考えていたんだよ。その二十三歳の黄色い嘴ってことをさ、ところが今だしぬけにお前がそれを見破ったみたいに、その話をはじめるんだからな。俺が今ここに坐って、自分に何と言っていたか、わかるかい。かりに俺が人生を信じないで、愛する女性にも幻滅し、世の中の秩序に幻滅し、それどころか、すべては無秩序な呪わしい、おそらくは悪魔的な混沌(カオス)なのだと確信して、たとえ人間的な幻滅のあらゆる恐ろしさに打ちのめされたとしても、それでもやはり生きていきたいし、いったんこの大杯に口をつけた以上、すっかり飲み干すまでは口を離すものか! こう言いきかせていたのさ。もっとも、三十までには、たとえすっかり飲み干さぬうちでも、きっと大杯を放りだして、立ち去るだろうよ・・・・どこへかは、わからないがね。でも、ちゃんとわかっているんだ、三十までは、どんな幻滅にも、人生に対するどんな嫌悪にも、俺の若さが打ち克つだろうよ。俺は自分に何度も問いかけてみた。俺の内部のこの狂おしい、不謹慎とさえ言えるかもしれぬような人生への渇望を打ち負かすほどの絶望が、はたしてこの世界にあるだろうか。そして、どうやらそんなものはないらしいと、結論したのさ。つまり、これもやっぱり三十までだよ。三十にもなりゃ、こっちで嫌気がさすだろうからね、そんな気がするんだ。こういう人生への渇望を、往々にしてそこらの肺病やみで洟ったらしのモラリストたちは、卑しいものと名づけでいる。特に詩人なんて連中がな。こいつはある意味でカラマーゾフ的な一面なんだよ。それは確かだ。この人生への渇望ってやつはな。だれが何と言おうと、そいつはお前の内部にも必ず巣食っているにちがいないんだ。しかし、なぜそれが卑しいものなんだい? このわれわれの惑星の上には、求心力はまだまだ恐ろしくたくさんあるんだものな、アリョーシャ。生きていたいよ、だから俺は論理に反してでも生きているのさ。たとえこの世の秩序を信じないにせよ、俺にとっちゃ、《春先に萌え出る粘っこい若葉》(訳注 プーシキンの詩『まだ冷たい風が吹く』から)が貴重なんだ。青い空が貴重なんだよ。そうなんだ、ときにはどこがいいのかわからずに好きになってしまう、そんな相手が大切なんだよ。ことによると、そうの昔にそんなものは信じなくなっているのに、それでもやはり昔からの記憶どおりに感情で敬っているような、人類の偉業が貴重なんだ。さあ、魚スープがきた。大いにやってくれ。うまいスープだぜ、なかなかイケるよ。俺はヨーロッパへ行ってきたいんだ、アリョーシャ。ここから出かけるよ。しょせん行きつく先は墓場だってことはわかっているけど、しかし何よりいちばん貴重な墓場だからね、そうなんだよ! そこには貴重な人たちが眠っているし、墓石の一つ一つが、過ぎ去った熱烈な人生だの、自分の偉業や、自己の真理や、自分の闘争や、自己の学問などへの情熱的な信念だのを伝えてくれるから、俺は、今からわかっているけど、地面に倒れ伏して、その墓石に接吻し、涙を流すことだろう。そのくせ一方では、それらすべてがもはやずっと以前から墓になってしまっていて、それ以上の何物でもないってことを、心から確信しているくせにさ。俺が泣くのは絶望からじゃなく、自分の流した涙によって幸福になるからにすぎないんだよ。自分の感情に酔うわけだ。春先の粘っこい若葉や、青い空を、俺は愛してるんだよ、そうなんだ! この場合、知性も論理もありゃしない。本心から、腹の底から愛しちまうんだな、若い最初の自分の力を愛しちまうんだよ・・・・こんな愚にもつかない話でも、何かしらわかるかい、アリョーシャ、わからないか?」

ふいに「イワン」が笑いだしました。

プーシキンの詩『まだ冷たい風が吹く』はネットで調べましたわかりませんでした。

「イワン」の話の内容はすんなりとはわからないのですが、彼の言いたいことは何となくわかります。

彼は今二十三歳ですが、自分で三十歳と言う区切りを設けて、それまでは、「生きていきたい」ということですね、そして「大杯に口をつけた以上、すっかり飲み干すまでは口を離すものか!」と。

つまり彼は客観的視点にたって自己分析をしているのですが、まるで年寄りが目の前の若者を冷めた目で分析しているようでもあります。

それは、行きつく先は墓場であるが、三十歳までは割り切って若さを楽しもうということだと思います。

それにしても「このわれわれの惑星の上には、求心力はまだまだ恐ろしくたくさんあるんだものな」などという大げさな表現は「おもしろいことはたくさんあるからな」と主観的な表現をすればいいと思いますが、このずっと遠方からの客観的な視点こそ「イワン」たる由縁ということでしょう。


彼のこういった考え方自体が正しいとは思えませんが、年齢の割には冷静に人生を考えているとは思います。