2017年4月30日日曜日

395

戸口のカーテンがあがりました、そして・・・当の「グルーシェニカ」が嬉しそうい笑いながら、テーブルの方に近づいてきました。

「アリョーシャ」の内部で、さながら何かがひきつったかのようでした。

彼は視線を吸いよせられ、目をそらすことができませんでした。

これがあの女なのです、三十分ほど前に兄の「イワン」が思わず《けだもの》と形容した、あの恐ろしい女なのです。

それにしても、目の前に立っているのは、一見ごく普通の平凡な人間のように思われました-善良なかわいらしい女性で、かりに美人だとしても、世間に大勢いるほかの美しい、だが《ごく普通の》女性となんら変るところがありません!なるほど、彼女は非常に、むしろとびきりと言ってもよいほど美しく、多くの男に熱烈に愛されるロシア的な美人でした。

背はかなり高いほうでしたが、「カテリーナ」よりはいくらか低く(「カテリーナ」となると、もう本当の長身でした)、ふくよかで、身体の動きも、まったく音をたてぬかのように柔らかく、その声と同様、なにか一種特別な甘たるい感じのするくらい、やさしい感じでした。

近づいてくるときも、「カテリーナ」のようにさっそうと力強い足どりでではなく、反対に、少しも音をたてませんでした。

床を踏む足音もまったくきこえませんでした。

彼女は豪華な黒い絹のドレスを柔らかく音させ、真白いふくよかな頸と豊かな肩とを高価なウールの黒いショールでやさしくくるみながら、肘掛椅子に柔らかく腰をおろしました。

彼女は二十二歳で、顔もぴったりその年ごろを表現していました。

顔は非常に色白で、上品な薄バラ色の紅みがさしていました。

顔の輪郭は幅が広すぎるような気もしたし、下顎はほんのちょっと前にじゃくれ気味でさえありました。

上唇は薄いのだが、やや受け口の下唇は倍ほどもふっくらして、まるで腫れているみたいでした。

しかし、すばらしい豊かな栗色の髪や、黒い濃い眉、睫毛の長い魅惑的な灰色がかった青い目などは、たとえどこか群衆の中や、行楽地や、雑踏の中であろうと、どんな無関心なほんやりした男でさえ必ず、この顔を見れば思わず立ちどまり、いつまでも記憶に刻みつけるにちがいないほどでした。

その顔の中でいちばん「アリョーシャ」の心を打ったのは、子供のようなあどけない表情でした。

彼女は子供のような目をし、子供のように何かを喜んでいました。

まだ、途中ではありますが、この「グルーシェニカ」の描写は登場人物の中で最も詳細ではないでしょうか。

その描写は「一見ごく普通の平凡な人間」と言いながらも「とびきりと言ってもよいほど美しく」などとも書かれていて、何かわからないようでもありますが、何となく理解できるという表現になっています。


そして、まだまだその描写は続きます。


2017年4月29日土曜日

394

「もしかすると、兄は結婚するかもしれません」と、目を伏せて、「アリョーシャ」は悲しげにつぶやきました。

「結婚しないと、申しているじゃありませんか!あの娘さんは天使ですわ、あなたはそれをご存じ?ご存じですの!」と、突然、異様なほどの熱をこめて、「カテリーナ」が叫びました。「あの方はこの上なくファンタスチックな女性ですわ!あたくし、あの人がどんなに魅惑的か承知していますけど、どんなにあの人が善良で、しっかりしていて、高潔な人であるかも知っていますの。どうしてそんな目でごらんになるんですの、アレクセイ・フョードロウィチ?もしかすると、あたくしの言葉にびっくりなさったのかしら、あたくしの言葉が信じられません?アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ(訳注 グルーシェニカの正式な名前)!」と、だしぬけに彼女は隣の部屋をふりかえって、だれかに叫びました。「いらっしゃいなかわいい人がいらしてますわ、アリョーシャさんよ。あたくしたちのことを、すっかりご存じなの、お顔を見せてあげて!」

「お声のかかるのを、カーテンのかげでひたすら待ちわびてましたわ」と、やさしい、いくらか甘たるい女の声がひびきました。

ここまでたくさんの伏線があり、この家の中にいるということは予想できましたが、とうとうその「グルーシェニカ」が姿を見せます。

彼女については、ここまでの物語の進展の鍵をにぎるような重要人物であることは確かです。

彼女がこの騒動の直接的な原因と言ってもいいでしょう。


ここでは、まだその声だけですが。


2017年4月28日金曜日

393

「あなたのお耳に入れておかなければならないことがあるんです。」これもふるえ声で「アリョーシャ」が言いました。「今しがた、兄と父との間にあったことですが」そして彼は騒動の一部始終を話しました。

自分がお金を頼みに行かされたこと、そこへ兄がとびこんできて、父を殴り倒し、そのあとで特にくどいほど、「アリョーシャ」にもう一度《よろしく》言いに行くように頼んだこと、などを話しました。「兄はあの女のところへ行ったんです・・・」と、「アリョーシャ」は小さな声で付け加えました。

先ほど「ドミートリイ」はたしかに興奮の最中に「この騒動を話してやれよ」と「アリョーシャ」に言っていましたが、このみっともない騒動は彼の思い違いからはじまったことで彼の恥でもあるので「アリョーシャ」がそんなに詳しく話すとは思ってもみませんでした。

「じゃあなたは、あたくしにはあの女性が我慢ならないとでも思っていらっしゃるの?お兄さまも、あたくしが我慢できないと思ってらっしゃるのかしら?でも、お兄さまはあの人とは結婚しませんわ」と、ふいに彼女は神経質に笑いくずれました。「ほんとにカラマーゾフともあろう方が、ああいう欲望にいつまでも燃えていられるものでしょうか?あれは愛情ではなく、欲望ですわ。お兄さまは結婚しません、なぜって彼女のほうがお嫁に行きませんもの・・・」ふいに「カテリーナ」はまた奇妙な笑い方をしました。

「ほんとにカラマーゾフともあろう方が、ああいう欲望にいつまでも燃えていられるものでしょうか?」と言う「カテリーナ」の発言はどう捉えたらいいでしょうか。

(313)で書いたのですが「カラマーゾフ」的ということは、①厚顔無恥の恥知らず、②色好み、③卑しい情欲、④神がかり行者、⑤愚か、⑥正直、⑦強欲などのイメージですが、「カテリーナ」は「アリョーシャ」のことを考えてなのか、好意的な言い方をしています。

あえていえば、「カテリーナ」の言う「ああいう欲望」とは、②色好み、③卑しい情欲、⑦強欲でしょうか。


この「カラマーゾフ」的な要素の中で、「ドミートリイ」の中の好意的に解釈できるものは⑥正直だけのような気がします。


2017年4月27日木曜日

392

「兄はあなたに・・・よろしく、もう二度と伺わないから・・・よろしくということでした」

「よろしくですって?そうおっしゃったんですの、そういう言い方で?」

「ええ」

「もしかすると、何かのはずみで、うっかり言葉遣いを間違えたのかもしれませんわね、見当違いの言葉を使ってしまったのかも?」

「いいえ、兄はたしかに『よろしく』というこの言葉を伝えるように申してました。忘れずに伝えるよう、三度も頼んだくらいですから」

「カテリーナ」はぱっと顔を赤くしました。

こんなところにも「カテリーナ」の思い込みの強さ、自信の強さがあらわれていますね。

彼女が顔を赤くしたのは、「ドミートリイ」が「よろしく」という言葉を不自然に強調していることがわかったので、これはそのままの意味ではないと思い、自分に対してまだ思いが残っているということを確信したからでしょう。

「これからあたくしに力を貸してくださいませな、アレクセイ・フョードロウィチ、今こそあなたのお力添えが必要ですの。あたしく自分の考えを申しますから、あなたは、その考えが正しいかどうか、それだけおっしゃってください。あのね、もしお兄さまが特にその言葉を伝えることにこだわらず、その言葉を強調なさらずに、何気なく、よろしくとおっしゃったのだとしたら、それはもう万事休すですわ・・・もう終りですわね!でも、その言葉に特にこだわって、その《よろしく》という挨拶を忘れずに伝えてくれと特に頼んだとすると、それはつまり、お兄さまが興奮して分別を失っていらしたことになるかもしれませんわね?決心はしたものの、自分の決心に怯えてしまったんですわ!あたくしから確固とした足どりで離れて行ったのではなく、崖からとびおりるにもひとしかったんです。その言葉を強調なさったことは、単なる空元気を意味しているのかもしれませんわね・・・」

「そうです、そうですとも!」と、「アリョーシャ」は熱っぽく相槌を打ちました。「僕自身も今ではそんな気がします」

「カテリーナ」は「ドミートリイ」のことがよくわかっているのか、言葉の裏を読もうとしています。

そして、「アリョーシャ」がそれに同意するとは意外な気がしますが、彼は「僕自身も今ではそんな気がします」と言っています。

これは、「アリョーシャ」も「ドミートリイ」が「カテリーナ」と結婚することをまだ望む気持ちがあって、先ほど現実的にはそうではない方向に進んでいることを目の当たりにしたもののどこかに期待をもっているということでしょうか。

「アリョーシャ」の心の中でどうしようもない現実とこうであってほしいという期待とか揺れ動いています。

「カテリーナ」は言います。

「だとすると、あの人はまだだめになってはいませんわ!ただ自暴自棄になっているだけで、まだあたくしが救ってあげられます。あ、ちょっと。お兄さまはあなたに何かお金のことを話してませんでしたかしら。三千ルーブルのことを?」

「話しただけではなく、たぶんそのことがいちばん兄を絶望させたらしいんです。兄は、今や名誉を失くした、今となってはもうどうだってかまわない、なんて言ってました」

「アリョーシャ」は希望が心に流れこむのを胸いっぱいに感じ、もしかすると本当に兄にとって脱け道と救いがあるかもしれないと感じながら、熱をこめて答えました。「でも、それじゃあなたは・・・あのお金の件はご存じだったんですか?」

彼はそう付け加え、ふいに黙りこみました。

「とうに存じてますわ、たしかに知っています。モスクワへ電報で問い合せたので、お金がついていないことは、ずっと前から知っていたのです。お兄さまはお金を送らなかったのですけれど、あたくしは黙っていました。先週になってあたくし、どんなにお兄さまがお金を必要としてらしたか、そして今もまだ必要かを知ったんですの・・・あたくし、今度のことでたった一つだけ目的をおきましたの。つまり、結局だれのもとに戻るべきか、だれがいちばん信頼できる友達かを、お兄さまにわかっていただくことですわ。そう、お兄さまはあたくしがいちばん信頼できる友達だってことを、信じようとなさらない、あたくしという人間を知ろうとなささらず、あたくしを一人の女としてしか見ていないんです。あたくしこの一週間ずっと、お兄さまが三千ルーブルの使いこみをあたくしに対して恥じぬようにするには、どうすればいいかという恐ろしいくらいの気苦労に悩みつづけていましたの。つまり、世間の人たちみんなや自分自身に対して恥じるのは結構ですけど、あたくしには恥じないでほしいんです。だって、神さまに対しては、恥じずに何もかもお話しなさるんですもの。あの方のためならどれほどあたくしが我慢できるかを、どうしていまだにわかってくださらないんでしょう?なぜ、いったいどうして、あたしくという人間をわかってくださらないのかしら、あんなことのあったあとで、よくあたくしをわかろうとなさらずにいられるものですわ!あたくし、お兄さまを永遠に救ってあげたいのです。いいなずけとしてのあたくしなぞ、忘れてくださってもかまいません!それなのに、あたくしに対して自分の名誉を心配さなさるなんて!だって、アレクセイ・フョードロウィチ、あなたに打ち明けるのは恐れなかったんでしょう?なぜあたくしは、いまだにそれだけの値打ちがないのでしょう?」

最後の言葉を、彼女は涙とともに語りました。

涙が目からこぼれ落ちました。

「カテリーナ」は電報で問い合わせ、お金がモスクワにいる「アガーフィヤ・イワーノヴナ」に届いてないことをずっと前から知っていたとのことです。

この三千ルーブルは「ドミートリイ」に頼んで、別の町から送るということになっていましたので、匿名で送るつもりであったのかと思っていましたが、そうではなかったのですね。

しかし、「カテリーナ」がどういう内容の電報を送ったのかがわかりませんので、実際のことはわかりませんが。

そして彼女は「ドミートリイ」がお金を必要としていることを先週知ったと言っていますが、その理由まで知っているのでしょうか。

また、彼女は「いいなずけとしてのあたくしなぞ、忘れてくださってもかまいません!」と言っています。

何だか彼女の本意がわかりません。

結局、男女のことはひとまず置いといて、人間として自分を信頼してほしいということですね。

自分は何でも受け入れる、そして我慢もする、彼を永遠に救ってあげられると言います。

そして「神さま」には何でも話すのに、自分には話してくれないと言っています。

おそらく「カテリーナ」は「神さま」と同化しているのではないでしょうか。


ここで流した彼女の涙は、「ドミートリイ」が自分に話さないことを「アリョーシャ」に話したから自尊心が傷ついたからではないでしょうか。


2017年4月26日水曜日

391

「そんなにお待ちしていたというのも、今となっては本当のことをすっかりききだせるのは、あなたからしかないためですの、ほかにはだれもいませんもの!」

「イワン」は「アリョーシャ」よりもっと「ドミートリイ」と交流があるように思いますが、「カテリーナ」はまだ二回目でまとにもはなしたこともない「アリョーシャ」にそんなことを言っています。

「僕がお伺いしたのは・・・」と、口ごもりながら、「アリョーシャ」はつぶやきました。「僕はあの・・・兄の使いで来たんです・・・」

「まあ、お兄さまのお使いですって。あたくしもそんな予感がしてましたのよ。これですっかりわかりましたわ、何もかも!」と、ふいに目をきらりとさせて、「カテリーナ」は叫びました。「ちょっとお待ちになって、アレクセイ・フョードロウィチ、あたくしがなぜこんなにあなたをお待ちしていたのかを、先に申しあげますわ。実はあたくし、たぶん、当のあなたよりずっといろいろ知っているはずですの。ですから、あたくしに必要なのは、あなたの情報じゃございませんのよ。こういうことが必要なんです。つまり、お兄さまに関するあなたご自身の、個人的な最近の印象をぜひ伺いたいんですの。今日お会いになったあとで、今あなたご自身がお兄さまや、お兄さまの状態をどうごらんになってらっしゃるかを、ごく率直に飾らずに、大ざっぱでも結構ですから(ええ、どんなに大ざっぱでも結構ですわ!)ぜひ話していただきたいんです。そのほうが、ここへ来るお気持ちがもうお兄さまにない以上、あたくし自身がお兄さまとじかに話し合ったりするより、いいかもしれませんわ。あたくしが何をあなたに望んでいるか、おわかりになって?それじゃ、どんな用事でお兄さまがあなたをここへよこしたのか(あなたをお使いによこすってことは、ちゃんとわかっていましたわ!)簡単に、ごくかいつまんで話してくださいませな!」

相手のことを考えないで、いきなりこのように感情的で自分本意なことを言うというのは、やはり高慢で高圧的で傲慢でぞんざいで自信家と言われてもしかたがないと思うのですが、要点を最初に相手に知らせておくということは合理的とも言えますね。

特に「簡単に、ごくかいつまんで話してくださいませな!」なんてなかなか言えないと思います。

あるいは、「カテリーナ」は「アリョーシャ」を一目見てこういう態度に出た方がいいと思ったのかもしれませんが。


2017年4月25日火曜日

390

今の「カテリーナ」の顔は、偽りのない純真な善良さと、一途な熱烈な誠意とにかがやいていました。

あのときあれほど「アリョーシャ」をおどろかせた《気位の高さや高慢さ》のうち、今目につくのは、大胆な高潔なエネルギーと、何か明確な力強い自信だけでした。

「アリョーシャ」は彼女を一目見て、最初の一言で、愛する男に対する彼女の立場の悲劇性が、当人にとってはまるきり秘密ではなく、おそらく彼女はもうすべてを、完全に何もかもを承知しているにちがいないとさとりました。

「最初の一言」というのは、「よかったこと、あなたもとうとういらしてくださいましたのね!あたくし、一日じゅうあなたのことばかり神さまにお祈りしておりましたのよ!おかけ遊ばせ」でした。

「アリョーシャ」はこの一言で、彼女は「ドミートリイ」との結婚がなんら希望にみちたものではなく、むしろ悲劇が待ち受けているということを自分でわかったいたうえの選択だとわかっていると理解したのです。

が、それにもかかわらず、彼女の顔には光と、未来への信頼がみちていました。

「アリョーシャ」はふいに彼女に対して、重大な意識的な罪を犯しているような気持ちになりました。

彼女の中に苦難を乗り越える覚悟とたくましさを見たのでしょう。

そして「意識的な罪」とは、「アリョーシャ」の先入観で想像された上塗りされた架空の罪というような意味でしょうか。

とにかく、彼の判断は間違っていたのですね。

いっぺんに圧倒され、魅了されたのです、と書かれています。

これらすべてのほかに、彼女の最初の一言から彼は、相手がなにかはげしい興奮に、それも彼女にしてはきわめて珍しく、歓喜にさえ似た興奮にとらえられていることを見てとりました。


また、ここで「最初の一言」が出てきますが、これは彼女の悲劇性を含んだ認識を理解したという以外に何か全然別の理由による彼女の興奮を感じたということです。


2017年4月24日月曜日

389

「アリョーシャ」は、「カテリーナ」の燃えるような黒い大きな目が実に美しく、それが心もち黄ばんでさえ見える青白い瓜実顔にとりわけよく似合うことを発見しました。

しかし、その目には、魅惑的な唇の輪郭と同様、もちろん兄がひどく夢中に惚れこみはしても、おそらく永くは愛しつづけられそうもないような何かがありました。

その訪問のあと、「ドミートリイ」が、自分のいいなずけを見てどんな印象を受けたかを隠さず言ってほしいと、しつこく迫ったとき、彼はその考えをほとんどそのまま兄に述べました。

「あの人といっしょなら、兄さんは幸せになれるでしょうけど、でも、ことによると・・・その幸せは平和なものじゃないかもしれませんね」

この部分は、何か言葉では表せないような、かなり深いものを表しているのではないかと思います。

「アリョーシャ」は「カテリーナ」の美貌は認めながらも、その美しい目と魅惑的な唇の輪郭に何かわからないが、不穏なものを感じたのですね。

こういえばあまりにも短絡的な断言になるかと思いますが、目と口に人間の内面があらわれると言うことでしょう。

そして、それは否定することはできないことかもしれませんね。

「ドミートリイ」は言います。

「そうなんだ、ああいう女はいつまでたってもあのままさ。ああいう連中は運命と妥協しないからな。それじゃお前は、俺が彼女を永遠に愛しつづけることなんかないと思うんだな?」

また、ここでも「運命と妥協しない」という考えさせる言葉が出てきます。

この「運命」という言葉と「妥協」という言葉は、単に漠然とした状況を「諦める」ということ以上の内容を含んでいます。

「諦念」という言葉がありそれは「道理を悟って迷わない心」という意味がありますが、ここでいう「運命と妥協」はそういうことかも知れず、その人の置かれた社会的状況を甘んじて受けるのではなく、彼女の場合は何か心に中につねに反撥し乗り越えようとする意欲があるということでしょうか。

それは悪いことではないでしょうが、「アリョーシャ」の初対面での印象、つまり高慢で高圧的で傲慢でぞんざいで自信家というのは、そんなところからも来るものかもしれません。

そして「アリョーシャ」は言います。

「いいえ、ひょっとしたら、永遠に愛しつづけるかもしれないけど、ことによると、あの人といっしょにいて常に幸せというわけにはいかないかもしれませんよ・・・」

「アリョーシャ」はそのとき、兄の頼みに負けてこんな《愚劣な》考えを述べたことに対して、自分に腹を立て、顔を赤くしながら、意見を述べました。

それというのも、口にだしたとたん、この意見がわれながら恐ろしく愚劣なものに思えたからでした。

それに、一人の女性に関してこんな高びしゃな意見を吐いたのが、恥ずかしくなってもきたのです。

それだけに今、自分の方へ走りでてきた「カテリーナ」を一目見て、もしかするとあのとき自分はたいへんな誤解をしたのかもしれないと感じました。

作者は「アリョーシャ」を通して「カテリーナ」の印象を悪く書いていましたが、今度はそれを否定しにかかります。


このあたりの人間の揺れ動く微妙な心理はまだ若い「アリョーシャ」の人間性のようなものをみずみずしくあらわしています。


2017年4月23日日曜日

388

「アリョーシャ」は、明らかに今しがたまで人が坐っていたと思われるソファの上に置きすてられた絹のケープや、ソファの前のテーブルに置かれた飲みかけのチョコレートの茶碗二つ、ビスケット、青い乾ぶどうを入れたカットグラスの皿、キャンディを入れた別の皿などを、しげしげと眺めました。

だれかをもてなしていたところなのでした。

「アリョーシャ」は客とかち合ったことに思いあたり、眉をひそめました。

が、そのとたん、戸口の厚いカーテンがあがり、嬉しそうな喜びの微笑をうかべた「カテリーナ」が、両手を「アリョーシャ」にさしのべながら、せわしい急ぎ足で入ってきました。

と同時に女中が火のともった蝋燭を二本運んできて、テーブルに置きました。

ここでは部屋の中の様子が詳しく書かれていますが、蝋燭二本の光だと今からだと想像がつきにくいくらい暗いでしょう。

「よかったこと、あなたもとうとういらしてくださいましたのね!あたくし、一日じゅうあなたのことばかり神さまにお祈りしておりましたのよ!おかけ遊ばせ」

「カテリーナ」の美貌は、これまでにもすでに、三週間ほど前、「カテリーナ」自身のたっての願いで、兄「ドミートリイ」が「アリョーシャ」を引き合せ紹介するためにはじめて連れてきたとき、彼の心を打ったものでした。

もっとも、初対面のその時は、二人の間に話ははずみませんでした。

「アリョーシャ」がひどくはにかんでいるものと考えて、「カテリーナ」は彼にお目こぼしをかけるかのように、そのときは始終「ドミートリイ」と話していました。


「アリョーシャ」は沈黙こそしていましたが、いろいろのことを非常によく観察できました。


2017年4月22日土曜日

387

「アリョーシャ」が玄関に入り、ドアを開けてくれた小間使に取次ぎを頼んだとき、広間ではもう彼の来訪を知っていたようでしたが(たぶん、窓からでも姿を見かけたでしょう)、「アリョーシャ」はふいに何か騒がしい気配を耳にし、女性の走る足音や、衣ずれの音がきこえただけでした。

どうやら二、三人の女性が部屋から走りでていったようでした。

自分の来訪がこれほど波紋を起しえたのが、「アリョーシャ」には奇異に思われました。

おそらく「アリョーシャ」が訪ねてくることなど全く予期していなかったと思いますが、いくら窓からその姿を見かけたとはいえ、咄嗟に人払いをするなんてことはできるのでしょうか、それとも何らかの情報で彼が来るかもしれないということを知っていたのでしょうか。

しかし、彼はすぐに広間に案内されました。

それはまるきり田舎調でない、上品な家具を豊かに配した、広い部屋でした。

ソファ、やソファ・ベッド、小ソファ、大小のテーブルなどが、たくさん置かれていました。

壁には何枚もの絵が、テーブルには花瓶やランプがあり、花がふんだんに飾られ、窓際にはガラスの水槽までありました。

「カテリーナ」は未婚の女性ながらこの家では主人であり、何人もの女性に囲まれて優雅な暮らしをしていますね。

なぜ働いてもいないのにそのような暮らしができるかと言うと、「カテリーナ」が唯一言うことをきくという例の「モスクワにいる恩人の将軍夫人」から八万ルーブル=八千万円をもらったからです。

ですから「カテリーナ」は、どんな理由があるのかはわかりませんが「ドミートリイ」に頼んで、どこか県庁所在地の町へ行って、そこからモスクワにいる姉の「アガーフィヤ」に三千ルーブル=三百万円を書留で送ってくれるように頼んだんですね。

結局そのお金を「ドミートリイ」は送らなかったのですが。

夕暮れのため、室内はやや暗い状態でした。

実に長い一日ですね。

まだ、これから続きそうなのですが。


修道院での待ち合わせが、十一時三十分で、今は午後七時ですから、この七時間半の間に実にいろいろなことがあったということです。


2017年4月21日金曜日

386

広小路にきわめて広大な、快適な家を借りている「カテリーナ」のところへ「アリョーシャ」が向ったときは、すでに七時で、暗くなりかけていました。

彼女が二人の叔母といっしょに暮していることは、「アリョーシャ」も知っていました。

もっとも、一人は姉の「アガーフィヤ」にとって叔母にあたるだけで、これはかつて「カテリーナ」が貴族女学校を出て帰省したとき、姉といっしょに世話をやいてくれていた、例の、父の家にいた無口な女性でした。

もう一人の叔母は、貧しい出のくせに、偉そうにもったいぶったモスクワ・マダムでした。

噂によると、二人とも何事かにつけ「カテリーナ」の言いなりで、もっぱら世間的対面のために彼女に付いているということでした。

「カテリーナ」が言うことをきくのは、病気のためにモスクワに残っている恩人の将軍夫人に対してだけで、ここへは毎週くわしい近況を書いた手紙を二通ずつ出す義務になっていました。

「カテリーナ」は広大な、快適な家に、二人の叔母と暮らしているのですね。

そのうちの一人の叔母は、前に登場しました。

亡くなった「カテリーナ」の父である中佐の前の妻の妹です。

「ドミートリイ」が父の家の隣の家の庭で「アリョーシャ」にこう話していました。

「最初の細君は平民かなにかの出で、娘を一人残したんだが、これも庶民的な娘だった。俺のいた当時、すでに二十四、五で、父親と、死んだ母親の妹にあたる叔母さんといっしょに暮していた。」と、そして「叔母さんというのは、口数の少ない素朴な人だったし、姪、つまり中佐の姉娘はきびきびした素朴な娘だった。」と。

もう一人の叔母は、「貧しい出のくせに、偉そうにもったいぶったモスクワ・マダム」とのことですが、「モスクワ・マダム」とは何でしょうか。

そして「カテリーナ」が言うことをきくという、そして、近況を手紙に書いて送っている「モスクワにいる恩人の将軍夫人」とは、「カテリーナ」の親類で相続人である親しい二人の姪を天然痘でいっぺんに失くし、「カテリーナ」を実の娘のように思い、八万ルーブルをぽんと手渡した女性です。

「カテリーナ」の母親は名門の偉い将軍の娘ですので、「モスクワにいる恩人の将軍夫人」とはこの人ですね。

ここでもわかるように、「カテリーナ」の社会的地位は相当なものだと思います。


しかし、直接書かれてはいませんが、「ドミートリイ」は、「カテリーナ」のようなタイプではなく、気さくで庶民的な「アガーフィヤ」の方が好きなのでしょう。


2017年4月20日木曜日

385

十 二人の女が同時に

「アリョーシャ」は、先ほど父のところに入っていったときにもまして、いっそう打ちのめされ、押しひしがれた気分で、父の家を出ました。

そうです、少し前には隣家の庭にいて「じゃ、俺はここに腰をおろして、奇蹟を待つとしよう。でも、もし奇蹟が起らなかったら、そのときは・・・」と言って別れた「ドミートリイ」が父の家に乗り込んで来るなんてことは思ってもみませんでしたし、ましてや暴力沙汰になるなんて。

彼は「ドミートリイ」のために「フョードル」から三千ルーブルを借りるという話をするつもりでしたが、そんなことは当然吹っ飛んでしまいました。

思考力もなにか粉々に砕けて散逸したかのようでしたが、同時にその反面、散逸したものをまとめて、この日経験したいっさいの苦しい矛盾から一つの共通な観念を取りだすのがこわいような感じもしていました。

「アリョーシャ」の心にかつてなかったような、何か、ほとんど絶望と隣合わせのものがありました。

どれひとつをとっても事態は少し前より悪い方向へ行っていますね、どうなっても穏便に解決するということはありえないと思います。

あの恐ろしい女性をめぐる父と兄「ドミートリイ」の確執がどんな形で終るのかという、いちばん主要な、宿命的な、解きがたい疑問が、あらゆるものの上に山のようにそびえていました。

今や、彼自身が目撃者でした。

彼自身その場に居合せ、にらみ合う二人を見たのでした。

しかし、不幸な人間に、まるきり恐ろしく不幸な人間になってしまう可能性のあるのは、兄「ドミートリイ」だけでした。

兄は疑いもなく災厄につけねらわれていました。

そしてまた、ほかの人たちも、これらすべてに関わりが、それもおそらく「アリョーシャ」がこれまで考えていたよりずっと深い関わりをもっていることがわかりました。

何か謎めいた雲行きにすらなってきました。

兄の「イワン」は彼に一歩あゆみよってきました。

それは、「アリョーシャ」が久しく望んでいたことではありますが、彼自身なぜか今や、この接近の一歩が自分を怯えさせたのを感じていました。

それなら、あの二人の女性は?

ふしぎなことに、先ほど「カテリーナ」のところに向おうとしたときには、極度のとまどいを感じていたのですが、今はまったく感じもせず、むしろ反対に、彼女のところに行けば指示を仰げると期待するかのように、みずから急いでいるのでした。

だが、しかし、兄の頼みを彼女に伝えるのは、今や明らかに先ほどよりいっそうむずかしいことでした。

三千ルーブルの件はすっかりだめになりましたので、兄「ドミートリイ」は今では自分を恥知らずな人間と感じて、もはや何の希望もないまま、どんな堕落を前にしてももちろん踏みとどまらぬにきまっていました。


そのうえ、兄はつい今しがた父のところで起こした騒動のことまで、「カテリーナ」に伝えるように言いつけたのでした。


2017年4月19日水曜日

384

「兄さん、もう一つ質問していいですか。どんな人でも、ほかの連中を見て、そのうちのだれは生きてゆく資格があり、だれはもう資格がないなんて、決定する権利を持ってるものでしょうか?」

「何のために、資格の決定なんてことを持ちだすんだい?その問題はたいていの場合、資格なんぞという根拠じゃなく、もっと自然なほかの理由にもとづいて、人間の心の中で決められるんだよ。それから、権利という点だけれど、期待する権利を持たぬ人間なんているもんかね?」

この「アリョーシャ」の質問は、人が人を裁くことができるかということ、また、人が人の優劣をつけることできるかということですが、「イワン」の答えは人はそうすることが自然であり、内心は自由だと言っています。

「でも、他人の死をじゃないでしょう?」

「他人の死だってかまわんだろう?あらゆる人間がそんなふうに生きている、というよりそれ以外に生きていかれないとしたら、何のために自分に嘘をつく必要があるんだい?そんなことをきくのは、俺がさっき『二匹の毒蛇が互いに食い合いをやる』なんて言ったからだな?それなら、お前にきくがね。お前は、俺もドミートリイと同じように、イソップ爺の血を流す、つまり、親父を殺すことのできる人間だと思ってるのかい?」

「アリョーシャ」が「イワン」に聞いているのは、他人に対してどう思おうが自由だとしても、他人に死ねと思うことはおかしいのではないかということです、つまり程度の問題なのですが、「イワン」は論理的にその違いはないと考えています。

そして「イワン」は人間というものはだれでも他人を判断し優劣をつけ生きていくものだから、そのことを隠す必要はないと言っています。

「二匹の毒蛇」の話は関連性がよくわかりませんが、これは「イワン」が二人を見下していて、そのことを「アリョーシャ」が批判しているように思えたから自分と「ドミートリイ」が同じように思っているのかと聞いたのでしょうか。

「なんてことを、兄さん!そんなこと、一度だって考えたことはありませんよ!それにドミートリイ兄さんだって、僕はそんな人とは・・・」

「それだけでもお礼を言うよ」と、「イワン」が苦笑しました。

「おぼえといてくれ、俺はいつだって親父を守ってやる。ただ、その場合も、自分の希望の中には十分な余地を確保しておくがね。それじゃ、また明日な。俺を非難したり、悪党のように見たりしないでくれよ」と、微笑をうかべて彼は付け加えました。

ここの「自分の希望の中には十分な余地を確保しておくがね。」という発言の意図は何でしょう、「イワン」の「希望」というのは、恐ろしい内容の内心のことでしょうか。

二人はそれまでかつてなかったほど、固く握手を交わしました。

「アリョーシャ」は、兄が自分のほうから先に一歩あゆみよったのを感じ、それが何かのために、必ず何らかの意図をもってなされたにちがいないと感じました。

さらにわからないのは「アリョーシャ」が「イワン」について感じたこと、つまり「イワン」が「アリョーシャ」に近づいてきた「意図」は何かということです。

また、「イワン」は勝手に「それじゃ、また明日な」と言って、明日「アリョーシャ」と会うのを当然なことと思っています。


それにしても「アリョーシャ」は、孤立している「フョードル」「ドミートリイ」「イワン」の三人からそれぞれ自分の味方になるように引っ張られていますね。


2017年4月18日火曜日

383

「じゃ、これからやっぱりカテリーナ・イワーノヴナのところへ行くわけか?例の『くれぐれもよろしく』ってやつだな?」と、ふいに「イワン」がにやりとしました。

「アリョーシャ」はどぎまぎしました。

「イワン」はにやりとし、「アリョーシャ」はどぎまぎしています。

この「イワン」のにやりは、彼が少なからず好意を抱いている「カテリーナ」に対してのある種の思い出し笑いのようなものであり、「アリョーシャ」のどぎまぎは、「アリョーシャ」の彼女に対する極度の苦手意識からきているのでしょうか。

「どうやら俺にも、さっきわめいていたことの意味や、それ以前の多少のいきさつがわかってきたよ。きっとドミートリイはお前に、彼女のところへ行って、言伝てを・・・つまり・・・その、一口に言や、《よろしく》言ってくれるように頼んだんだろう?」

「イワン」がわかってきたという「さっきわめいていたことの意味や、それ以前の多少のいきさつ」とは、具体的にはどの会話のことでしょう、「さっきわめいていたこと」というのは、「今となっちゃイソップ爺に金を話なんぞ一言もするな、カテリーナには今すぐ必ずこう伝えてくれ。『兄がよろしくとのことでした。よろしく言ってました。よろしくと!くれぐれもよろしく!』とな」という「ドミートリイ」の発言の部分でしょうか。

「ドミートリイ」がしつこくこだわっているのこの《よろしく》という言葉はいろいろな意味を含んでおり、なおかつ根本的なことを曖昧にしているようでもありよくわかりません。

「兄さん!お父さんとドミートリイ兄さんとの間の、こんな恐ろしいことは、どういう形で終るんでしょうね?」と、「アリョーシャ」は叫びました。

さっきも「フョードル」が「アリョーシャ」に「グルーシェニカ」のところへ行ってくれと頼んだのですが、「アリョーシャ」は「もし、会ったら、きいてみますけど」と言ってはぐらかしましたが、ここでも、「イワン」の質問をうまくはぐらかして、話題を変えることに成功しています。


「的確に予想はできんがね。おそらく、どうってことはないだろ。なんとなく立ち消えになるさ。あの女は、けだものだよ。いずれにせよ。爺さんは家の中に閉じこめといて、ドミートリイを家に入れないことだな」と、「イワン」。


2017年4月17日月曜日

382

「アリョーシャ」が庭を通りぬける際、門のわきのベンチに座っている兄の「イワン」に出会いました。

「イワン」は腰をおろして、手帳に鉛筆で何やら書きこんでいるところでした。

「アリョーシャ」は「イワン」に老人が目をさまして意識もはっきりしていることや、自分は修道院で泊る許しをもらったことなどを伝えました。

「アリョーシャ、明日の朝早くお前に会えると、実に嬉しいんだがね」と、中腰になって、「イワン」が愛想よく言いました。

「アリョーシャ」にとっては、まったく思いもかけぬ愛想のよさでした。

そういえば、本人はあまり気にしていないようでしたが、「アリョーシャ」は「フョードル」に修道院を引き払って帰って来るように言われていたのでしたね。

「イワン」はそのいきさつを知っていますので、「アリョーシャ」はもうここには戻って来ないということを知らせたのですね。

そして「イワン」は頭が痛いと言って庭に出たのですが、そのような様子はありませんからひとりになりたかったのかもしれませんね。

ここで、「イワン」もまた「フョードル」と同じように明日の朝「アリョーシャ」に会いたいと言っています。

しかもふたりとも「明日朝早く」と言っています。

「明日朝早く」話さなければならない何かがあるのでしょうか。

「明日はホフラコワさんにお宅に伺うもんで」と、「アリョーシャ」は答えました。

「それに、カテリーナ・イワーノヴナのところへも、もし今会えなければ、やはり明日伺うことになるかもしれませんし」

そう言って「アリョーシャ」は明日の朝、「イワン」に会うことを断っていますが、「フョードル」とは会うことを約束しています。

そこには当然「イワン」もいるわけですから、「アリョーシャ」はそっと家に入り「フョードル」だけに会うつもりでしょうか。

しかし、召使たちもいるわけですからそういうことはできないでしょう。

「アリョーシャ」も「イワン」には、用事があるから来れないと断っておきながら、「フョードル」の言うように、自分の意志で見舞いに来たふりをして来れるのでしょうか。


「アリョーシャ」はこれから、「カテリーナ」に会いに行かなければならないので急いでいますので、いろいろ考える余裕がないかもしれませんが、明日の朝のことはどうするつもりでしょうか。


2017年4月16日日曜日

381

「フョードル」が話したいことがあるからと、明日の朝「アリョーシャ」に来るようにと呼び寄せましたが、一体何の話でしょう。

そして、「来る際には、自分の意志で来たようなふりをしてくれ、見舞いに来たふりをな。俺に呼ばれたことは、だれにも言うなよ。イワンには一言も話すな」

これは、意味深な発言ですね。

「フョードル」が「グルーシェニカ」のために、三千ルーブルの金包みを用意していることを知っているのは「ドミートリイ」と「スメルジャコフ」だけで、「イワン」は知りません。

「ドミートリイ」は「イワン」をチェルマーシニャ村に行かせてその間に「フョードル」が「グルーシェニカ」を呼び寄せる魂胆だということも「スメルジャコフ」から聞いて知っています。

しかし、なぜ「スメルジャコフ」はそんなに詳しく知っているのでしょうか。

「フョードル」がそんなことまでスメルジャコフ」に話すわけはありませんので、彼が自分で判断したのでしょう。

そして、スメルジャコフ」は「イワン」を尊敬しているのですから、そのようなことを「イワン」には話さず、「ドミートリイ」に話しているのも不思議です。

それとも、「イワン」は知っていて知らないふりでもしているのでしょうか。

「フョードル」が「イワン」に内緒で「アリョーシャ」に話したいことは、なんだかわかりませんが、「フョードル」だけが知っている相当重要なことなのかもしれません。

「わかりました」と「アリョーシャ」は、明日の朝の約束を引き受けました。

「さよなら、坊や、さっきは俺をかばってくれたっけな、一生忘れんよ。明日お前に話しときたいことがあるんだ・・・ただ、まだ考えにゃならんのでな・・・」

「今は気分はどうですか?」

「明日は、明日になりゃ起きだして、出かけるよ。すっかり元気さ。元気なもんさ、元気なもんだよ!」

ここで三度も、元気ということを強調しています。


しかしそれは明日になればということです。



2017年4月15日土曜日

380

「アリョーシャ、で、あいつは?グルーシェニカのとこへとんで行ったな!かわいい天使や、本当のことを言ってくれ。さっきグルーシェニカは来たのか、来なかったのかい?」

「だれも見た者はいないんです。あれは嘘ですよ、来なかったんです!」

「ドミートリイのやつはあれと結婚する気なんだ、結婚をさ!」

「あの人のほうが兄さんのとこへは行きませんよ」

「フョードル」はまだ、「グルーシェニカ」が来たかどうかを気にしていますが、この騒動のあとで「ドミートリイ」が「グルーシェニカ」のところへ行くことを「アリョーシャ」はどうして断言的に否定しているのでしょうか。

これは、たぶん根拠はなく「フョードル」の気持ちを落ち着かせるためでしょう。

「フョードル」は「行かないさ、行かないとも、行くもんか、絶対に行きゃせんよ!」と、まるでこの瞬間これ以上楽しい言葉はきかれないといったふうに、嬉しそうに全身をおどらせました。

感きわまって彼は「アリョーシャ」の手をうかみ、ぎゅっと胸に押しあてました。

その目には涙さえ光はじめていました。

「あの聖像だがね、さっき話した聖母の像だが、あれをお前にやるから、持っていくといい。修道院へ帰ってもかまわんぞ・・・さっきはちょっと冗談を言っただけさ、怒らんでくれ。頭が痛いよ、アリョーシャ・・・アリョーシャ、俺の心を静めてくれ、頼むから本当のことを言ってくれ!」

「まだ、あの人が来たか、来なかったかにこだわってるんですか?」と、「アリョーシャ」が悲しそうに言いました。

「いや、違うよ、そうじゃない、お前を信じとるからな。こういうことさ、お前ひとつグルーシェニカのとこへ自分で行って、会ってくれんか。なるべく早く、できるだけ早くあれにお前の口からきいて、お前自身の目で判じてもらいたいんだ。あれがどっちに傾いてるか、俺か、それともあいつかをさ?ああ?どうだ?やってくれるか、それともだめかね?」

「フョードル」は本当はまだ「グルーシェニカ」が来たかどうかを気にしているのでしょうが、うまくはぐらかして、今度は「グルーシェニカ」に会ってくれと「アリョーシャ」に頼みます。

「もし、会ったら、きいてみますけど」と、「アリョーシャ」はどぎまぎして、つぶやきかけました。

「アリョーシャ」だって、そんなことでいきなり「グルーシェニカ」のところへなんか行けませんよね、だから曖昧な返事をしています。

「いや、お前には言いっこないな」と、老人がさえぎりました。

「あの女は気が多いからな。お前にキスなんぞはじめて、あんたと結婚したいわなんて言うにきまっとる。あれは嘘つきで、恥知らずだからな、いや、お前はあの女のところへ言っちゃいかん、だめだぞ!」

「フョードル」も自分の言っていることにおかしいと気づいて、「グルーシェニカ」のところへは行かなくていいと言っていますが、心の動揺があらわれています。

「それに、よくないですよ、お父さん、まるきりよくないことですよ」

「さっき、帰りしなにあいつは『行ってきてくれ』なんて叫んでたけど、お前をどこへやろうとしてたんだ?」

「カテリーナ・イワーノヴナのところへです」

「無心か?金を頼みにだな?」

「いいえ、お金じゃありません」

「やつは文なしだからな、素寒貧なんだ。あのな、アリョーシャ、俺は一晩寝て、よく考えるから、さしあたりお前は帰っていい。ことによると、彼女にもその辺で出会うかもしれんし・・・ただ、明日の朝早くぜひ俺のところへ寄ってくれ。明日お前に話しときたいことがあるんだ。寄ってくれるな?」


「寄ります」


2017年4月14日金曜日

379

「飼料桶で行水まで使わせてあげたのに・・・よくもわたしにあんなことを!」と、「グリゴーリイ」がくりかえしました。

そうです、「グリゴーリイ」は母親「アデライーダ」に捨てられた三歳の「ドミートリイ」を一年間自分の小屋で面倒をみてくれた恩人なのです。

「畜生め、もし俺が引き離さなけりゃ、きっとあのまま殺しちまったぞ。イソップ爺なんぞ、手間はかからんよ」と、「イワン」が「アリョーシャ」にささやきました。

また、「イソップ爺」が出てきましたが何度聞いてもおもしろいです。

「冗談じゃありませんよ!」と、「アリョーシャ」が叫びました。

「どうして冗談じゃないんだ?」と憎さげに顔をゆがめ、やはり同じように小声で「イワン」はつづけました。

「毒蛇が別の毒蛇を食うだけさ、どっちもそれがオチだよ!」

「アリョーシャ」はぴくりとふるえました。

この場面のこの毒蛇の話で「アリョーシャ」のこの反応は何を意味しているのでしょうか。

「もちろん俺は、今もやったとおり、人殺しなんぞさせちゃおかんがね。アリョーシャ、お前ここにいてくれ、俺はちょっと庭を歩いてくる、頭が痛くなってきたよ」

「イワン」が頭が痛くなって庭に出たことには何か意味があるのでしょうか、このあと「アリョーシャ」が「フョードル」と二人になって話をするのですが、そのためにこういう設定にしたのでしょうか、そして、頭が痛くなったということ自体に何か意味があるのでしょうか。

「アリョーシャ」は父の寝室に行き、枕もとの衝立のかげに一時間近く座っていました。老人はふいに目を開け、どうやら思い起こしながら思案にふけっているらしく、しばらく無言のまま「アリョーシャ」を見つめていました。

突然、常ならぬ動揺がその顔にあらわれました。

「アリョーシャ」と、彼は用心深げにささやきました。

「イワンはどこだ?」

「庭です。頭が痛いんですって。僕たちを見張ってくれてますよ」

「鏡をとってくれ、ほら、そこにあるだろ。どってくれ!」

「アリョーシャ」は箪笥の上にのっていた小さな折畳み式の丸い鏡をとってやりました。

老人は鏡をのぞきました。

鼻がかなりひどく腫れ、左眉の上の額に大きく目立つ青紫の痣がありました。

ここで、「フョードル」が鏡をとってくれといって怪我の確認をするところは、なかなか思いつかない設定だと思います。

これは、「フョードル」がさきほどの成り行きのことだけを考えているのではなくて、頭のどこかではまるっきり別のそのようなことまで考えているという彼の思考のあり方を的確に表現してますし、もちろん万が一「グルーシェニカ」が来たときのためにということはあるでしょうが。

「イワンは何て言っとる?アリョーシャ、お前だけだよ、俺の息子は。俺はイワンがこわい。あっちより、イワンのほうがこわいんだ。こわくないのはお前一人だけだよ・・・」

「イワンだって、こわがらなくても大丈夫ですよ。イワンは腹を立ててはいるけど、お父さんを守ってくれますとも」

「フョードル」はここで、「ドミートリイ」より「イワン」のほうがこわいと言っています。


これは、「ドミートリイ」の心の動きはわかるのですが、「イワン」のことはまったくわからないのでしょう。


2017年4月13日木曜日

378

「あれはここにいる、きっと来ているんだ!スメルジャコフ、スメルジャコフ」老人は指で「スメルジャコフ」を招きながら、やっときこえるくらいの声で唸りました。

「来ていませんよ、いないったら。わからん爺だな」と、「イワン」が憎さげにどなりつけました。

「おや、気を失ったぞ!水だ、タオル!早くしろ、スメルジャコフ!」

「スメルジャコフ」が水をとりに走りました。

あげくの果てに老人は服をぬがされ、寝室にかつぎこまれて、ベッドに寝かされました。

頭は濡れたタオルで巻かれました。

コニャックと、極度のショックと、打撲でぐったりとなった老人は、枕に頭をつけるなり、すぐ目をつぶって、眠りに落ちました。

「イワン」と「アリョーシャ」は広間に戻りました。

「スメルジャコフ」は割れた花瓶のかけらを棄てに行き、「グリゴーリイ」は暗然とうなだれて、テーブルのわきに立っていました。

「お前も頭に湿布して、横になってるほうがよくないかな」と、「アリョーシャ」が「グリゴーリイ」に言葉をかけました。

「お父さんの様子は僕らがここで見ているから。兄さんはずいぶんひどくお前を殴ったね・・・頭をさ」

「よくもわたしにあんなことが!」と、「グリゴーリイ」が暗く、言葉をはっきり区切って言いました。

「親父にまで《よくもあんなことを》やったんだ、お前どころじゃないよ!」と、口をゆがめて、「イワン」が皮肉りました。

「グリゴーリイ」に言葉をかけて心配する「アリョーシャ」は素直でやさしいですね。

対照的に「イワン」の言葉には毒があって、「口をゆがめて」とまでその憎さげな様子が描かれています。


子供のように単純なのは、「フョードル」と「ドミートリイ」です。