不思議なことに、この訪問者たちの出迎えはないようでした。
というのは、「フョードル」はついこの間、最初の妻「アデライーダ」のために千ルーブルを喜捨したばかりでしたし、「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」にいたっては、彼自身きわめて裕福な地主であり、最高の教養をつんだ人物であって、この修道院とは長年にわたり、河の漁業権などで係争中でもある重要な人物でしたので、本来ならばある程度の敬意が表されて正式の出迎えがあってもいいのではないかということです。
しかし、修道院側で出迎えるような人はひとりもいませんでした。
「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」は教会のまわりにある墓石を眺め「こういう《神聖な》場所に葬る権利代だけでも、これらの墓石は遺族にとって高くついたに違いない」と言いかけましたが、黙りとおしました。
作者は続いて「単純な自由主義的な皮肉が、心の内でほとんど憤りに変りかけていたからだ」と書いていますが、どういう意味かよくわかりませんが、墓石で大儲けしていることに怒っているのでしょうか。
彼は、修道院の出迎えがなく、どこに行けばいいのかもよくわからないことやそれを誰にきいていいのかわからないことに腹をたて、「・・・時間ばかりたっていっちまうからな・・・」と突然、ひとりごとのようにつぶやきました。
彼は何十年も修道院と係争中なので気長な人物と思っていたのですが、短気な一面もあるのですね。